涙の話(恋愛エッセイ)
私は両目の目じりに涙ぼくろがある。めちゃんこ泣き虫の相である。ご多分に漏れず、ドラマのクライマックス前で泣き、数十秒のニュースで泣き、しまいには映画の予告編で泣く。もはや本編を観ずしてカタルシスを得ている。制作陣が浮かばれないことこの上ない。
確かに幼少期から泣くことはちょくちょくあった。しかしそれは痛みの涙や負けず嫌いだった性格からくる悔し泣きであって、感動の涙を流せるようになるまでは少し時間がかかったことをよく覚えている。
中学生の時、友人二人とラストサムライを観に行った。ストーリーはもはや忘れてしまったが、当時の話題作なだけあってそこそこ感動したと思う。上映が終わり館内が明るくなった時、ふっと友人の方を見て驚いた。その子は当時クラスで一二を争うかわいい子だったのだが、なんとはらはらと大きなお目目を真っ赤にして泣いていたのである。ただそれだけの出来事であったが、私はかなり衝撃を受けた。何しろその時の自分は生まれてこの方感動して泣くことがなかったからである。お母さんやお父さんが感動するドキュメンタリーなんかをみて目頭を押さえている光景は見たことはあったが、アレは大人になったら涙腺が弱くなってなるものだと思っていた。泣いちゃったぁ~と照れ笑いするその子に、どれだけ深く感動したら涙なんて流せるのかと思い、どこにそんなに感動したのかと聞いてみた。詳細は覚えていないが、どうやら自分が受けた感動と大差がないようなことだったと記憶している。その時自分には人間らしい優しさや慈しみの心が欠落している気持ちになり、「感動しても涙が出ない」ということに対するショックをそこそこ引きずっていた気がする。
かくしてお目目かぴかぴライフを高校二年生のころまで続けていた私だったが、それは意外な形で幕を閉じた。
当時私には高校一年生の夏休みから付き合っていた男の子がいた。同じ弓道部に所属しており、かねてから片思いをしていたものの、一緒に行った地元の夏祭りで見事交際が始まったというむせかえるような青春の匂いに包まれていた時分だった。賢くクールでめちゃくちゃ目が死んでいた彼のことを、私は本当に大好きだった。しかし悲しいことに月日が経つにつれ、彼が私と同じ気持ちでなくなってきていたことを薄々感じるようになってきたのである。それでもそんなところからは目を全力で逸らしていた。いたいけな16歳のやわやわハートではとてもじゃないが直視なんてできはしなかったのである。されどもあゝ無情、Xデーはやってきてしまう。
その日は市民体育館で部活を終えた冬の日だった。晴れてはいたが雪は降り積もっており、彼を含む部活仲間の4人で駅前のラーメンを食べて暖を取っていた。元来猫舌の私は熱々のラーメンが冷めてのびきってしまうまで口をつけることができずにおり、そんなところを友人達にからかわれなんてしていた。平和な午後だった。店を出て、友人二人が先を歩いているのを見ながら彼となんともないような会話をしていた。だが、いつも以上に彼の口数が少ない。なんだかもごもごと歯切れが悪い様子だ。なにかあったのかと尋ねようとした折に、彼の口をついて出た言葉はこうだった。「ごめん、別れよう。」
いやいやちょいちょいちょっとまっておかしいおかしい今なんて?と私の脳みそは声帯に発声の指令を送ったはずである。しかし私の口から出てきたのは「うん」と、その一言だった。完全にバグっていた。さっきも言った通り、薄々感づいてはいたのである。彼が私のことを好きではなくなっていたことを。しかしそれでも、ラーメンをたべた帰り、数メートル先に友人がいるような、彼が乗る電車が来るまであと3分といったような、こんなトンチキな状況で別れを告げられるとは思ってもみなかったのである。
私の返事を聞くと肩の荷が下りたかのように足取り軽く、彼は前を歩く友人に合流していった。放心の私はというと、なんとか駅までたどり着き、彼ともう一人の友人が同じ方面の電車に乗ったのを呆然と見送ったのであった。
ホームには反対方面の電車を待つ友人と、電車は使わずそこから徒歩20分かけて帰る私が残された。明らかに挙動と顔色がおかしい私に友人が気づき、何があったのかと尋ねたのだと思う。
だと思う、としたのはそこの記憶がぽっかり抜けているからである。私の次の記憶は、自分の部屋でその友人にすがってまるで世界の終わりかのように大号泣しているシーンまで飛んでいる。その友人は男友達であったが優しいやつで、事情を話してわんわん泣く私を慰めてくれていた。泣けども泣けども涙は止まらず、体中の水分が出尽くすまで泣き続けるのではないかとすら思った。目の玉が溶け出しそうというか、あの眼球の表面が脈打つようにじんじんとしていた感じから察するに多分ちょっとは溶けていた。嗚咽をかけらも抑えることができず、野々村元議員もかくやというほどに声をあげて泣いた。家の中はおろか、下手したら隣の家くらいなら聞こえていてもおかしくはなかったと思われる。涙がでたら鼻水も出るわけで、わーんわーんぶちーーーん、わああんわあわあぶぶちーーんといった具合に目も当てられない惨状だった。自分の部屋のゴミ箱いっぱいに、涙と鼻水をふいた白いティッシュがこんもりとしていた光景はなぜか目に焼き付いている。もはや泣きつくして酸欠状態になり朦朧として五体投地状態となっていた私を抱え、ひざまくらをして頭をひたすら撫でてくれた友人の優しさには今思い出しても感謝の念しかない。後にも先にもあれだけ泣いたのは、この世に生まれ落ちた瞬間とこの時だけだったと思う。
私の涙腺は、明確にその一件の後から弱くなった。ハリーポッターで泣いたし、2ch泣ける話まとめでも泣いたし、部活動の最後の試合にみんなが負けて引退が確定した時もきちんと泣いた。長く生きるとそれだけ情がわくものが増えて涙腺が弱くなるというが、私の場合は一度ぶっこわれた涙腺が直らないまま今に至るといった感じである。厳密にいうとブラック企業勤め時代にも再度涙腺を完膚なきまでに壊したせいで、いまは人一倍涙もろくなっている。
涙を流すまでのハードルがめちゃんこ低いので、あおむけにベットで横たわっている時にふと昼間感動した話しなんかを思い出すと、すうと涙が流れてくる。涙腺がポンコツすぎるせいか、私は泣くときにノーモーションではらはらと泣く癖がついてしまった。いわゆる女優泣きというやつである。しかし横になっている時にこれをやると、涙がつつと伝わって耳の中に入り、大変不快なのである。大失恋直後はよく寝る前に彼のことを思い出し、枕ではなく耳を濡らしたものであった。これは泣き虫ならたぶん共感してくれるポイントだと思っているので、いつか泣き虫な友人ができたらこっそり聞いてみたいと思う。横になって泣くと、耳めちゃ濡れない?と。