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孤高の画家、田中一村展を訪れて

先日、奄美の動植物を独自の画風で描いた「日本のゴーギャン」とも呼ばれる田中一村の展覧会に行ってきました。

彼は幼い頃から「神童」と呼ばれましたが、人生の紆余曲折を経て50歳を過ぎて奄美大島に移住し、そこで彼の画業を代表する作品を生み出しました。
今回の展覧会は、初公開の作品を含む250点以上の作品や資料を展示した、大規模な回顧展です。

平日の昼間に訪れたにもかかわらず、チケット購入までに長蛇の列ができており、この展覧会への関心の高さを肌で感じました。
展示室に入ると、一つ一つの絵を前に、多くの方々が時間をかけて丁寧に鑑賞している様子が印象的でした。

展覧会は「東京時代」「千葉時代」「奄美時代」の三章で構成され、一村の芸術と人生の変遷を時系列で辿ることができます。

まず「東京時代」では、6歳の時に描かれた作品が展示されており、東京美術学校に入学するまでの彼の芸術的成長を観察できました。

次に「千葉時代」では、家族を失うなどの不幸に見舞われた一村が、芸術活動に挫折しながらも模索し続けた時期を反映する作品が展示されています。
この時期には、襖絵や掛け軸、絵付けを施した工芸品も展示されており、彼の多才さに驚かされました。

そして最も印象的だったのは「奄美時代」の作品群です。
奄美大島に移住してから、一村は染色工として働きながら、貯蓄をしつつ絵を描き続けました。
その努力の結晶である「アダンの海辺」や「不喰芋と蘇鐵」は、まさに彼の芸術が最も昇華された傑作だと感じました。
これらの作品は、一村自身が「命を削って描いた」と表現したほどの情熱が注がれたもので、特に「アダンの海辺」では、砂浜の感触や風に揺れる葉音まで感じ取れるようでした。

彼は中央画壇に評価されることなく、一生を孤独に過ごしたと言われていますが、奄美で描かれた作品を目の当たりにすると、そこにはむしろ解放感や自己表現に対する純粋な喜びが溢れているように思えました。

「孤高の画家」として語られる彼ですが、その人生の最期には、彼自身が本当に幸せだったのではないかと感じさせる何かが、作品を通して伝わってきました。

田中一村の作品を一堂に集めた今回の展覧会、私にとってはまさに感動の連続でした。
奄美大島にある「田中一村記念美術館」にも、いつかぜひ足を運んでみたいです。

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