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路傍に咲く花(20)

 入り口で靴をぎ店内にはいると、ご飯が炊けるいい匂いが鼻をついた。ちょうど昼飯時だったので、入り口では順番待ちの人たちが大勢いたが、原田はらだが事前に予約をとっていたので、三人は待たずに席につくことができた。

「結構人気があるんですよ、ここの『またぎ飯』は。県外からも観光客が大勢訪れますので、予約をしないと、待たされることも珍しくないんですよ」

 原田が説明すると、

「ぼくはてっきり『またぎ飯』というから、けものの肉が出てくるのかと思いましたよ」

 と、篠原しのはら

「そう思うのも無理ないですよね。でも、ここにあるように、みご飯と土瓶蒸どびんむししなんですよ」

 すでに三人の前には「またぎ飯」が用意されていた。固形燃料のコンロに乗った陶器の釜は、舞茸やキジの肉が入った炊き込みご飯で、その場で米から炊きあげる趣向しゅこうになっていた。すでに火がついており、ふたの隙間すきまから上がる湯気が、食欲を誘う香りをただよわせていた。

 炊き込みの火が消えたころ、土瓶蒸しの固形燃料に火をつけると、土瓶蒸しができあがったころに、炊き込みご飯も蒸らされ、食べごろになると、原田が説明した。

 食べごろには、まだ二十分ほどかかりそうなので、三人はビールで乾杯をした。万里子は車の運転があるからと辞退したが、「山のホテル」の温泉に入り、少し休んで行けばよいと原田に言われ、コップ一杯だけと言ってのどをうるおした。

「ところで原田さん、大河原おおがわら部長とのことは篠原君から聞きましたが、もう少し詳しいはなしをお聞かせいただきたいと思いまして、こうして青森まで来たしだいなんです」

 万里子が、訪問の意図を説明した。

「だいたい察しはついていましたが、なんで今更いまさらという感じなんですよね。ぼくにとっては、すでに過ぎ去った過去のことですし、正直に言えば、もう関わりたくないし、思い出したくもないことなので……」

「それはわかります。ただ私としては、大河原部長の横暴が許せないんです」

「で、私のはなしを聞いて、どうにかなるんですか?」

「それは……、分かりませんが、でも、とにかく真実が知りたいんです。原田さんだって、辞める前に篠原君に経緯を話したのは、真実を残したかったからじゃありませんか。大河原部長の横暴をはなすことで、残った人に二度と同じてつを踏ませたくない、と思ったんじゃありませんか」

 万里子は熱弁調で訴えた。

「…………」

「それに、失礼かと思いましたが、原田さんのホームページにある『秘密の部屋』ものぞかせていただきました。あれを読むかぎり、原田さんの中で、大河原部長とのことは、終わってないと思うのですが」

 万里子は、原田の目を真っ直ぐに見ていった。

 その瞬間、原田の表情がこわばり、「えっ」という小さな声がもれた。

「原田さん、ぼくもこうなったら木内きうち先輩にどこまでもついていく覚悟ですので、もう一度おはなしを聞かせてください」

 篠原も頭を下げた。

「そうですか……、分かりました」

 原田は言うと、曇りかけた表情を再び笑顔に戻し、

「とりあえず、美味しいものを食べてからにしましょう。あまり生臭なまぐさいはなしをすると、せっかくの『またぎ飯』も不味まずくなってしまいますから」

 原田はそう言うと、

「ところで、岩木山いわきは美しい山でしょう」

 と、話題をかえた。

     ☆     ☆     ☆

 万里子まりこ篠原しのはらも、きたての「またぎ飯」をほおばり、大満足の笑顔を爆発させた。とくに篠原は、獣肉けものにく料理でないことに失望したことなど忘れ、むさぼり食べた。

 腹が膨れたところで、万里子が話題を戻した。

「原田さんは、ご自分のホームページに檄文げきぶんを載せていましたが、あれはどういう意味だったのでしょうか?」

 万里子は、一番の疑問を口にした。

「ああ、あれですか……。実は大意はないのですよ。最初は大河原おおがわら部長にうらみを抱き、経過を残そうと書き始めたのですが、そのうち人を恨むことが馬鹿らしくなってしまって……。ただせっかく書いた文章だったので、ストレス解消にと書き続け、ホームページに残したってわけなんですよ」

 原田は、特別な意図がないことを強調したが、

「それにしても過激な文章でしたよ」

 と、篠原が突っ込むと、

「確かに、会社を辞めるように言われたときは、相当頭に血が上りましたよ。もう『大河原の野郎』という感じで。私の年俸ねんぽうが半分に削られたのだって、もとはと言えば大河原部長の判断が原因だったのですから。もう少し優秀な上司の下だったら、あんなことにはならなかったのに、と思いましたよ」

 原田は、過去にこだわりがないことを強調するように、笑顔で言った。

「でも、結局原田さんは会社と戦わず、辞めるという決断をしたわけですよね。無責任な言い方を許していただけるなら、ぼくは、徹底的に戦ってもらいたかったですね、会社と!」

 篠原は、原田を挑発するように言った。

「まあ、そう言われると合わせる顔がないのですが、なにもかもが嫌になってしまったというのが正直な気持ちです。それに退職金も少し多めにだすと言われ、ほとんど即断で決めてしまったのですよ」

「奥さんは、何も言わなかったのですか?」

 と、万里子が言うと、

「給料が半分になると伝えたときから、辞めるかも知れないと言っていたので、覚悟はできていたのだと思います。私の決断を、なにも言わずに受け入れてくれました。本当に女房には感謝しています」

 原田は、プライベートで不躾ぶしつけな質問にも、真摯しんしこたえた。

「ただこれだけはわかったて欲しいのですが、私は大河原部長に暴力を振るった覚えはありません。あの時、大河原部長が私の胸ぐらをつかみ、興奮した声でなにか言ったのですが、私は反射的に身を守る姿勢をとり、反動でひじが顔に当たってしまったんです」

「じゃあ正当防衛なんだから、会社の言い分に屈服くっぷくする必要は、無かったんじゃなですか?」

 篠原がくと、

「でも肘が当たれば、それで自然と、被害者と加害者の関係が成り立ってしまうのですよ。のちに医者の診断書を見せられまして、鼻骨骨折で全治二ヶ月だと言われました。誓って言いますが、ほおに当たったのであって、ぜったい鼻骨には当たっていません。でも診断書がある限り、勝ち目はありません。会社も穏便おんびんに済ませたいといい、退職金も上乗せするので、自己都合という形で辞めて欲しいといわれ、断れませんでした」

 原田は、初めて悔しさをにじませた。

「結局大河原部長は、ていよく原田さんを追い払ったというわけですね」

「まあ、結果的にはそう言うことになりますね。でも、ぼくにとってオリエンタルコンピューターという会社は、希望の星だったのです。なのに、大河原部長のような人が幅をきかせ、談合を平気で行う会社に成り下がってしまい、この会社で仕事をする意欲がなくなってしまったんですね。遅かれ早かれ、こういう結果になっていたと思えば、良い決断だったと思いますよ」

 原田は、吹っ切れたように言った。

「では、以前私にくれたメールが、今の原田さんの気持ちということなのですね」

 万里子が確認すると、

「ええ、その通りです。あのメールの内容は、今の私のいつわらざる気持ちです」

 万里子は原田を信じようと思った。前向きに進もうとする原田の気概きがいに、共感するものがあった。

 しかし篠原は、原田の話に、なにか引っかかるものがあった。それがナンなのか判らない。でも、なにか納得がいかない重石おもいしが、頭のうえにあった。

     ☆     ☆     ☆

 三人は、山のホテルを後にした。原田が、勘定は自分が払うと譲らないので、万里子と篠原は好意に甘えることにした。

 外に出たところで、ベンチに腰掛けると、

「ところで、情報システム部の山元やまもとから昨日連絡が入ったのですが、いま会社では、例のW市の入札物件に関する談合問題で、大変なことになっているんですよ」

 篠原は、原田の反応に注意しながら言った。

「W市の入札物件で、ですか?」

 原田は、別段べつだん驚いたようすを見せなかった。それは、不自然に驚かれるよりは、自然な振る舞いのように見えた。

「まだ情報がはっきりしないのですが、明日発売の『週刊謹聴しゅうかんきんちょう』にコンピューター業界の談合に関する特集が組まれ、W市の物件が詳細に紹介されているらしいんですよ」

 篠原が説明すると、

「なんで、そんな記事の存在が分かったのですか?」

 と、原田は訊いた。

 この瞬間、篠原は、情報をリークしたのは原田ではないかと思った。この業界にいれば、危険な週刊誌の記事を、事前に察知することが、さほど難しくないことは解るはずだ。それをあえてくところに、篠原は不自然な作為さくいを感じた。

「それは分かりませんが、そうなると当事者の原田さんにも、会社から問い合わせがあったんじゃないかと……。会社はリークの犯人探しを始めると思うんですが、最初に疑われるのは、原田さんか経営調査部の木島きじまさんだと思うので……」

 と、篠原が応えると、

「でも、他の会社の人間っていう可能性もありますよね。私は辞めるときに、会社と守秘義務に関する誓約書を交わしていますから、そんなことできるはずないですよ」

「まあそうですが、W市の入札に関わった人間が、たて続けに辞めている事実を考えると、会社としては、原田さんや木島さんを疑うのが自然だと思うんですよね」

 篠原が食い下がると、

「いずれ、そういうはなしがあるかも知れませんが、今のところ会社からは、なんの連絡もありません」

 原田はきっぱりと否定し、リークに関する話はこれ以上話さないと言うように、口を真一文字に結んだ。

「わかりました。失礼な言い方をして気分をがいされたら謝りますが、本当に真実が知りたいんですよ」

 万里子は原田に頭を下げた。

「木内さん、あなたは先ほどから真実が知りたいと言っていますが、それを知って、いったい何をするつもりなんですか?」

 今度は原田が質問した。

「正直に言えば、なにがしたいか、はっきりしていません。ただ私としては、先ほど原田さんも言ってましたが、オリエンタルコンピューターという会社に、希望もあったし期待もしていました。だからほこりをもって仕事をしてこられたのだと思います。ところが、最近は希望を持つというよりは、みんなが保身にはしり、クリエイティブな仕事に情熱を燃やす人がいなくなり、さらに談合などという破廉恥はれんちな犯罪にまで手をめてしまう、そんな会社に落ちぶれてしまいました。だから私は、私の未来のために真実を知り、自分の生きかたを、もう一度見直してみたいのです。正直に言えば、最初は大河原部長をらしめたいという気持ちが強かったです。でも今は、そんな微々びびたることより、自分の道を見誤らないようにしたい、という気持ちが強くなってきました」

 万里子は再び熱弁をふるった。

 篠原は、万里子の胸の内を初めて聞き、胸があつくなった。

「先輩……」

 あとの言葉が続かなかった。

「わかりました、木内さんの気持ちが」

 原田も納得した。

     ☆     ☆     ☆

 その後は、おもいでばなしで和み、午後四時ごろまで会話がはずんだ。

 別れぎわ、原田は、

「決して軽はずみな行動で、損をしないで下さい。ぼくがいい例ですから」

 と言った。

 そして農作業に使う軽トラックに乗り込み、岳温泉だけおんせんをあとにした。

 残った二人は、原田の勧めもあり、岳温泉で湯に浸かり休憩をとった。そして午後六時、アルコールも抜けたころ合いを見て、車を弘前ひろさき方面へ走らせた。

「原田さんも大変ですね」

 篠原がつぶやいた。これからの予定をきくと、気象予報士の資格があるので、地元の青森で、生かせる仕事があればいいと言っていた。

「うまく就職先が見つかるといいわね」

 万里子もつぶやいた。

「ところで本日の宿ですが、いかが致しましょうか?」

 篠原がおどけて言うと、

「そうね。弘前あたりで、ホテルが見つかるといいんだけれど」

「じゃあ、またカーナビのデーターベースから、ピックアップしますか」

 篠原は、さっそく調べはじめた。

「篠原は、こういう機械ものに強いわね。私なんか、今でも機能を使いこなせないのにね……。まるで篠原のカーナビみたい」

 万里子が言っているあいだに、篠原は素早く検索を完了した。

「先輩、十五個のホテルが検索にかかりました」

「どこでもいいわ、とりあえず篠原が決めて頂戴ちょうだい

 篠原は、早速携帯電話で予約をしたが、夏休みシーズンとあって、シングル二部屋が空いているホテルが、なかなか見つからなかった。

「どうも旅行を安く上げようとする人が多いせいなんですかね、どこも空きがないですね。これが最後ですよ」

 篠原は、カーナビが示す最後のホテルに電話をかけたが、残念ながら空き部屋はなかった。

「先輩、ツインとかダブルなら大丈夫なんですが、シングル二部屋はちょっと厳しいですね」

 篠原が言うと、

「じゃあツインにしようか」

 と、万里子が言った。

 その時、街道沿いに明るく光るネオンが目に入った。そこには「ホテル銀河」と紫色の文字が輝いていた。

「篠原、あなたさえよければ、ラブホテルでもいいよ。シティホテルに泊まるより安いでしょ」

 突然万里子が言い出し、篠原も驚いた。

「先輩、でもそれは……」

「馬鹿ね、変なことしないわよ。旅費の節約よ、節約!」

 それからしばらく会話が途切れ、カーステレオから流れるジャミロクワイの声と、カーナビの音声ガイドだけが、空間を支配した。

 そして、

「先輩、じゃあラブホにしましょうか」

 篠原が言うと、

「いいわよ、じゃあどこかで晩ご飯を食べましょう」

 時間は午後八時、遠くに弘前の街灯りが見えてきた。二人は街道沿いのレストランで遅い夕食をとり、ホテルを探し、あてなく車を走らせた。

     ☆     ☆     ☆

「探すと見つからないものですね」

 篠原が言うと、

「カーナビのデーターベースには無いの? ラブホの場所」

「さすがに無いですね、先輩。もう少し走ってみましょう」

 その時、ひときわ明るいネオンサインを発見した篠原は、

「先輩、あそこ、どうもホテルっぽいですよ」

 言われた万里子が車の速度を落とすと、確かに「ホテルさくら」と文字が浮かび、全室カラオケ完備と書いていた。

「じゃあ入りましょう」

 入り口で部屋を選び、鍵を受け取ると、二人は二階へつづく階段を上がった。休憩を終えたカップルとすれ違ったが、互いに存在を無視するように目を背けた。万里子には、秘めたる行為いという意識が、おのれの存在まで消しているように感じた。

 じつは、このようなホテルに入るの、はじめてだった。

 部屋にはいると、

「広いわね、貝の形をしているわ、ベッドが」

 万里子がはしゃいだ。

「先輩、先にお風呂入ってください。ぼくはそのあとに入りますから」

 青森とはいえ真夏の日差しは暑く、二人はたっぷりと汗をかいていた。万里子が先に汗を流し、篠原も風呂から上がると、二人はコンビニで買い込んだビールで乾杯をした。

「あまり成果はなかったけれど、原田さんの前向きな態度を見ると、少し安心したわ。私、情報をリークしたのは、原田さんじゃないかと思っていたから」

 万里子はソファーで横になり、ビールを一気に飲んだ。喉をとおる音が聞こえた。

「そうですね。でもぼくは、原田さんの言うことが、すべて納得できたわけじゃ……。これからのことを考え、前向きに生活しようと考えていることは、よくわかりましたけど……」

「納得できないって、なにが?」

「いやあ、なんとなくなんですが。あの檄文げきぶんまで書いた原田さんの怒りパワーが、なんで突然消えてしまったのか? 馬鹿らしくなったと言っていましたが、ひとの怒りって、そんなに簡単に消えるものだろうか、と思ったんですよ」

 篠原は、二本めのビールを開けた。

「原田さんがわれわれと違うのは、奥さんと二人の子供がいるということだわ。愛する家族がいれば、怒りのパワーから解放することも、容易なんじゃないかしら」

「そうですね……」

 篠原も確証があるわけではなく、万里子の意見に同意した。

 その時、万里子の携帯電話に、メール着信のメロディーが響いた。

「きっと山元やまもと君だわ。今日は大変な一日だったんじゃないの?」

 そう言いながら携帯電話を開くと、やはり山元からのメールであった。

 万里子は、声にだして読みはじめた。

(先輩、篠原、無事に旅は続いていますか? 山元@本日は大変な一日でした、です。明日発売の週刊謹聴の内容は、すでに多くのマスコミが知るに至り、わが社の前にはたくさんの報道陣が押しかけました。何人かの社員は、入り口でインタビューを受けていたそうで、午後になりインタビュー禁止令が発令されました。新聞社のホームページでも大きく取り上げられており、東京地検も動きだしたとの噂が流れています。それから営業部の大河原部長が、今朝から行方不明らしいです。今日、緊急の最高経営会議を開く予定で、夏休み中の大河原部長も、呼び出されたようなのですが、昨日から出かけ、行方がわからないとのことです。携帯電話もつながらないそうです。ところで、原田さんとは話ができましたか? なにか新しい情報があれば、ご連絡下さい。こちらからも、なにかあれば連絡を入れます。それでは)

 山元のメールを聞き終わると、篠原はテレビをつけた。十時からのニュース番組にチャンネルを合わすと、総理大臣の顔がアップで映った。いま国会では、衆議院の解散時期が最大の関心事となっていた。

「たぶん、この次あたりじゃないですかね、談合のニュースは」

 と篠原が言うと、画面が切り替わり、男性キャスターが

「またしても、しき慣習です」

 と、言った。

 ニュースの中身は、週刊謹聴の記事を引用したもので、談合会議のもようを、紙芝居のように再現していた。そして最後に、東京地検も動き出したもようとつけ加え、刑事事件への発展を臭わせた。

「大河原部長が行方不明というのが気になりますね」

 篠原が言うと、

「そうね、結構えらそうなこと言っていたけど、案外小心者なのかも知れないわね」

「それにしても、会社としてはどのように対応するのでしょうか?」

「わからないけど、これで社会的信用は失墜しっついね、うちの会社も」

「そうですね、対外的にはベンチャー企業に憂としてもてはやされていましたからね。ぼくだって静岡の田舎に帰ると、いい企業に就職しましたねと言われますからね」

 時計はいつの間にか十一時を指していた。ビールを三本ずつ空けると、少しほろ酔い気分になった万里子が、

「そろそろ寝ましょうか」

 と、言った。

「そうですね、ぼくはソファーで寝ますから、先輩はベッドで寝てください」

 篠原は、ベッドを万里子に譲った。

「でもそれじゃ申し訳ないわ。ベッドも広いことだし、一緒に寝てもいいわよ」

 万里子は、口をついた言葉に、自身が驚いた。別に、深い意味を考えたわけではない。

「でも、ぼくはイビキをかきますので、ソファーで寝ますよ」

 篠原は万里子の誘いを辞退した。ただ万里子には、イビキをかかなければ一緒に寝たいとも聞きとれ、少し複雑な気分であった。

「わかった。じゃあそうしましょう」

 万里子が言うと、

 篠原も、

「おやすみなさい、また明日」

 と言い、灯りを消した。

・・・つづく

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