路傍に咲く花(29)
九月にはいっても、太陽の勢いが衰えることはなく、残暑というよりは、終わらない猛暑という感じであった。夏休みが終わった通勤電車には、ランドセルを背負った小学生や、短いスカートをはいた女子高生などがもどり、久しぶりに押し合いへし合いが復活した。
万里子はすこし苛ついていた。週間謹聴を発行する謹聴舎へ電話をかけ、談合問題を担当している記者へ面会を求めたが、守秘義務を楯に体よく断られ、問題解決の進展がまったくみられないからだ。篠原からは、謹聴舎をたずね直談判することを提案されたが、談合問題で公正取引委員会からの立ち入り検査が想定され、営業情報の保全作業に忙殺され、それもままならなかった。また、官制談合による地方議員への贈収賄を立件すべく、東京地検も動きだしたとの情報があり、まったく予断を許さない状況が続いていた。
案の定、九月の第二週になると、東京地検特捜部の捜査が入った。万里子の所属する営業部が主要の捜査対象となり、キャビネットに保存されている書類などは、そのほとんどが段ボールに詰められ、証拠品として押収されていった。
「情け容赦なんて、まったくないわね!」
万里子は、白い手袋をした捜査員を見ながら、となりでため息をつく篠原に言った。
「スゴいですね。これからどうなっちゃうんでしょうか?」
篠原も、段ボールに詰め込まれる書類を見ながら、不安げな表情で言った。
「そんなこと、わからないわよ。でも、ほとんどの書類を持っていかれちゃうと、仕事に支障を来すことだけは、間違いないわね!」
万里子もため息をつくと、
「ああ、あれ! あれも持って行っちゃいますよ!」
篠原が指さし叫んだ。その先には、宴会でつかった仮装用の衣装や、徹夜作業に備えた使い捨て下着の箱が、捜査員に抱きかかえられていた。箱の中から金髪のカツラがはみ出し、歩みとともに揺れていた。
これらの模様は、テレビのニュース映像をとおし、ひろく社会に認知され、人びとの記憶に定着していった。その結果、官公庁物件の談合というスキャンダルは、会社の信頼を揺るがすに、十分なインパクトをもたらした。
いままで良好な関係を保ってきた客先から、新たな情報システムの発注を延期されたり、すでに内示をもらい開発の準備していたシステムを、一方的に破棄されたり、散々なリアクションが営業部を苦しめた。危機感をもった営業員の一部には、土下座までして注文を得ようとしたが、そこまでしても受注はままならなかった。
そうして九月も半ばを過ぎると、社内では法令遵守の研修がはじまった。全社員が研修をうけることで、法令遵守意識をしっかり根付かせ、不正を排除する企業風土を作り上げると、神崎社長が謳いあげた。だが、言ってることはそのとおりだが、半分は対外的なポーズであると、社内では白けたムードが漂った。オリエンタルコンピューターをこんな会社にしたのは、成績第一主義の経営を推進した神崎社長であることを、みんな知っていたからだ。
十月に入っても、大河原部長の行方は知れなかった。会社は、大河原部長が復帰するまでと、河合課長を暫定的に営業部長としたが、十月一日をもって暫定を解き、正式な辞令をだした。失踪して一ヶ月以上が経ち、会社としても、談合問題で大打撃をくらった営業部の、引き締めをはかりたいと考えていた。
それから一週間後、オリエンタルコンピューター株式会社は、公正取引委員会から五億円の課徴金納付と、五日間の業務停止命令をうけた。そして、この処罰をひと区切りと考えた神崎社長が退任し、大崎専務が新しい代表取締役に就任した。役員人事も一掃され、外部から三人の取締役を迎えた。
・・・つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?