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小島新田
小島新田という駅がある。
京急川崎から浮島方面に向かう、大師線の終着駅だ。
途中に川崎大師駅があるため、利用者は多い。
だが、終着の小島新田駅を利用するのは、京浜工業地帯を支えるブルーワーカーたちだ。
ぼくも、その一人だった。
もう三十年ほどまえだが、一年ほどこの駅を利用した。
☆ ☆ ☆
この駅の周りには、安くて美味い飲み屋がたくさんある。
その中で、よく利用していたのが、屋台の焼鳥屋だった。
オヤジさんは焼き鳥を焼くだけで、飲み物は客が勝手に取り出す。
と言っても、あるのは手榴弾のような形をした、ビンのビールだけ。
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これに、全て同じ値段の焼き鳥である。
だから会計は簡単だった。
「ビール三個に、焼き鳥が十本ね」といえば、たちどころに「いくらです」と返ってくる。
その時間、ほんの数秒。
じつは仕掛けがあって。
オヤジさんの後ろに、縦軸が焼き鳥、横軸がビールの、二次元マトリクス表があったのだ。
だから、ビールと焼き鳥の数をいえば、そこに答えが書いてあるって仕組みだった。
自己申告制だから、いくらでもごまかせた。
だが、そんな人は希だったのだろう。
こういう商売が、成り立つ時代だった。
・・・おわり