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通勤日記ー座りのテクニックー
押し合いへし合いの通勤電車では、座るか立つかで雲泥の差がある。いつだったか電車が遅延し、ぎゅうぎゅう詰めの車両に乗ったとき、急なカーブで足が床から離れ、一瞬だが身体が宙に浮いたことがある。後にも先にも、これ一度きりの経験だったが、あの時は本当に驚いた。
そんな満員電車。だれだって立って揉まれるのは嫌だ。だからみんな座ろうと思い、虎視眈々と座席を狙っている。
だが、ただ漠然と狙うだけでは、成功率はあがらない。そこには、人それぞれのテクニックがあるのだ。
☆ ☆ ☆
朝夕のラッシュ時に限らず、電車の中では多くの人が座りたいと思っている。かく言うぼくもその一人で、月曜の朝や残業で疲れた帰りは、なおさらである。しかし座席スペースには限りがあり、座るためにはいくつかの条件と運が必要だ。そして、虚々実々の駆け引きが繰りひろげられる。
最近、電車の中で文章を打つ習慣が定着したため、朝は有楽町線の始発電車を利用する。このため、和光市駅で東武東上線を降り、有楽町線の始発電車を待つ列に加わる。タイミングにもよるが、だいたい十分以内で、電車に座り込むことができる。
座ってしまえば、あとは寝てもいいし、本を読んでもいいし、パソコンで文章を打ち込んでもいいし、とにかくすし詰めの満員電車で揉まれることはない。いったん座りなれてしまうと、もう朝の満員電車で立つ気はしない。
朝は少し時間に余裕をもって家を出れば必ず座れるのだが、帰りとなるとそうはいかない。有楽町駅で有楽町線の下り電車に乗るのだが、夕方から夜にかけてのラッシュ時は、新木場駅始発の電車の座席には、ほとんど空きスペースがない。したがって、席を立ちそうな人にあたりを付け、その前に立って、ひたすら空くのを待つのである。
たまに運がよいとすぐに座れるのだが、運は何度も訪れない。ひどいときには、周りがどんどん座ってゆくのに、自分の前だけ空かないで、結局終点まで立ちっぱなしということもある。こんなとき、自分の前の人が憎たらしく感じてしまうのは、ぼくの未成熟な部分である。
帰りの電車で絶対立ってはいけない場所がある。ディズニーランド帰り人たちが座る前である。必ずディズニーのキャラクタが描かれた大きな袋を持っているので、一目でそれと判る。この人たちは、わざわざ新木場駅で有楽町線に乗り換えているわけで、そのメリットを考えれば、東武東上線沿線の住民か池袋駅で西武線に乗り換える、埼玉県民である可能性が高い。
横浜方面や大宮方面の住民ならば、京葉線でそのまま東京駅まで出たほうが断然早いし、乗り換えの手間も一回で済む。中央線沿線の場合も同様である。したがって、有楽町線のディズニーランド帰りは、途中駅で降りる可能性が非常に低いのである。知らずに前に立ってなかなか席が空かないと、自分は仕事で疲れているのに、何故遊んでいる奴らが座っているのかという気持ちになり、精神衛生上よくない。親子連れやカップルは、だいたい寄り添うように眠り込んでいる。
帰りの電車で確実に座るテクニックが無いわけではない。有楽町駅はJR(山手線と京浜東北線)に接続しているため、結構下りる人は多いのである。なのに何故座れないかというと、有楽町駅でドアが開く前に座っている人と立っている人の入れ替えが済んでしまうからである。ならば一駅戻ればいいのである。幸いというか、有楽町線の下りでは、ぼくが帰る方向とは違う行き先の電車がある。
次の電車が行き先違いの場合、ぼくは躊躇なく反対の電車に飛び乗り、銀座一丁目駅で乗り換えるようにしている。銀座一丁目駅はホームが二階建てになっており、乗り換える際はホームに設置された階段を下れば、すぐに下りのホームに出られる。ぼくと同じ行動をとる人が必ず何人かいる。
この行動をとれば八割方座ることはできる。しかしすぐに目的の電車が入ってくれば、わざわざ銀座一丁目まで戻ることはしない。あとは分析力と運が座れるか否かを左右する世界である。
よく本のカバー(書店が付けてくれるやつ)のデザインで降りる駅を予想するとか、乗換駅を気にするように外をのぞく人に注意するとか、いろいろセオリーがあるみたいだが、ぼくの場合、このようなセオリーの恩恵を受けたことがあまりない。
比較的確立が高いのは、三、四人の会話が弾んでいるサラリーマンの前である。方向が一緒なので乗り合わせているが、何人かは途中駅で乗り換える、というシチュエーションだ。その場合、永田町、市ヶ谷、飯田橋あたりで座れる可能性が高い。
また座っている人の会話にも十分注意を払う必要がある。乗り換えの話題が聞こえてきたら、電車の揺れを利用して徐々に横移動をして、ポジションを確保することが肝要である。
しかしこの様な行動も飯田橋までである。だいたいこの駅で座席前の吊革は埋まってしまい、座っている人と立っている人が一対一の関係になってしまう。こうなると本当に前の人が立たない限り座ることはできない。ひたすら平然を装いながら、早く降りてくれと願うのである。
【補足】
当時のぼくの定期券は、有楽町でも銀座一丁目でも値段が同じだったので、銀座一丁目まで乗車できるようになっていた。
・・・つづく