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路傍に咲く花(28)

 午後三時、予定どおり記者会見がはじまった。

 本社ビル二階の大会議室には、数台のテレビカメラとともに、大勢の記者たちが押しかけていた。その中には、社会部記者だけでなく、ワイドショーでよく見かける、芸能レポーターの顔もあった。

 会見場に神崎かんざき社長が入場すると、一斉にカメラのシャッター音がひびき、フラッシュの閃光せんこう幾重いくえにもかがやいた。ダークグレーのスーツに紺のネクタイといういでたちは、イタリアブランドのスーツを着こなす神崎社長にとって、謝罪をカタチで表す精一杯の演出であった。青山のサロンでカットする自慢の髪型も、今日は真面目まじめそうな七三分けに変えていた。もしこの会見場に万里子がいたら、すぐに神崎社長だとは気づかなかっただろう。

 神崎社長は、中央に備えられたテーブルの横に立つと、

「このたびは、談合という不正を行っていたことを、深くお詫びいたします」

 と言って、深く頭をれた。

「本日は、当社内で調査した内容と、今後の取り組みについて、ご説明させていただきたいと思いまして、こうしてお集まりいただきました。恐縮ですが、座らせていただきます」

 神崎社長は、ここでもういちど頭をさげると、ゆっくりとした動作で、横の椅子に腰かけた。そして、テーブルに置かれた原稿を手にとると、口を真一文字にして会場を見わたし、ちいさくため息をついた。その瞬間、カメラのシャッター音がひびき、閃光が雷のように輝いた。

「まず最初に、当社が談合にかかわった経緯からご説明をいたします。当社は、創業いらい一貫して、コンピューターに関わる仕事に従事してきました。その中には、一般産業のお客さまだけでなく、多くの自治体さまの入札物件にも参加させていただきました。その中で、わが社は……」

 神崎社長は、まず談合に関わるきっかけとなったエピソードを語った。

 それによると、まだ業界では新参者だったオリエンタルコンピューターが、東北地方のある自治体むけ経理システムの入札に参加しようとしたさい、当時の入札対応幹事会社から呼ばれ、談合に荷担かたんするように要請された。当時は、談合に参加することに侃々諤々かんかんがくがくの議論があったが、業界の流れに逆らうことはできず、必要悪として参加することが決定された。この決定は、当時の営業部長と担当専務が行い、営業部という組織内で代々受け継がれていった。そして、談合の詳細については、歴代の営業部長が墓場まで持っていくという伝統ができ、いまに至っている、ということであった。

「……ということであります。こういう事態を引き起こしたことは、わが社だけでなく、業界全体の信用にも関わることであり、まことに遺憾いかんなことであると反省しております。したがいまして、わが社といたしましては、法令遵守ほうれいじゅんしゅという観点からも、今後このような不正には、いっさい手を染めない覚悟であります。そのことを宣言し、わたしからの説明を、終わらせていただきます」

 神崎社長が立ちあがると、ふたたびテーブルの横に立ち、深々と頭を垂れた。カメラのシャッター音が響いたが、こんどは音が鳴りやむまで、頭を上げようとはしなかった。その間十秒ほどあっただろうか、やっと顔を前に向けると、

「ご質問をお受けいたします」

 と言い、ふたたび椅子に腰かけた。

 一斉に手があがった。その中から、いちばん最初に手を上げた記者へ、手のひらを差しだすと、

「朝風新聞の島田と申します。質問は二点あります。まず一点目は、神崎社長は談合の実体をご存じなかった、ということでしょうか。歴代の営業部長が、自己完結するように進めたとの説明ですが、経営陣が知らなかったというのは、にわかに信じられないんですが。それと二点目ですが、このような不祥事をおこした責任を、社長はどのようにおりになるのでしょうか。以上です」

 質問を聞いた神崎社長は、すこし考えるように首をかたむけると、

「はい、お答えします。まず経営陣が知らなかったかということですが、これは必要悪と認識されていましたが、必要でも不必要でも悪に変わりはありません。そのため、社内では営業部の専権事項として運営され、秘密主義が貫かれていました。一部の営業畑出身の役員は知っていたようですが、それが経営陣に開示されることはありませんでした。したがいまして、この問題が発覚するまで、わたし自身も知りませんでした」

 ここで少しだけ頭をさげると、

「それから二点目の質問ですが、知らなかったとはいえ、社長としての責任をまぬがれるものではありません。わたしは、この問題にひと区切りがついた段階で、社長のにん退しりぞくことといたします。時期は明確に申しあげられませんが、年内には区切りをつけたいと考えています」

 はなしおわると、ふたたび一斉に手があがった。

 神崎社長が手をかざすと、

「朝夕日報の北川です。実際に談合に関わった人は、どれくらいいるのでしょうか。営業部長が主導したとはいえ、ひとりでは対応できないと思うのですが。その際、談合に関わった人たちの処分は、どのように行うのでしょうか?」

「はい。それに関しては、まだ社内で結論がでていません。組織としては、営業部の中に談合に関わる部門があり、常時数人が兼務するカタチで運営されていました」

 続いて質問に立ったのは、ワイドショーのレポーターだった。

「ワイドスクエアの菊池です。週間謹聴しゅうかんきんちょうの記事によれば、今回の談合問題を告発したX氏は御社おんしゃの社員だということですが、心当たりはあるのでしょうか。また、そのX氏が判明したさい、なにかアクションを起こすのでしょうか?」

「はい。X氏については、すでに当社を退職した人物ということになっていますので、当社がなにかアクションを起こすことはありません。たしかに退職者に対しても守秘義務を課していますが、それとこれとは別問題だと考えています。なおX氏については、想像できる人物が特定できていますが、もう当社とは関係ない人ですので、公表する予定はありません」

 続いて立った質問者も、ワイドショーのレポーターだった。

「ヒコネヤの梨川です。営業部長の大河原雄三おおがわらゆうぞう氏が行方不明だと聞いていますが、行方はいまだ判らないのでしょうか。いちおう確認で訊くのですが、御社おんしゃが雲隠れさせている、なんてことはないですよね?」

「それはありません。当社としても、大変心配をしています。本人はたいへん責任感が強いと聞いておりますので、ヘンな考えを起こさないで欲しいと、この会見で伝えたいと思っています。大河原部長、はやく社に戻って来てください!」

 神崎社長は、語尾に力をいれた。その顔が泣きそうに映ったのか、カメラのシャッター音が一斉に響いた。

 記者会見は、予定の一時間を過ぎても、終わる気配がなかった。つぎつぎと質問者が挙手きょしゅし、神崎社長の胸に質問の矢を放っていった。やがて一時間を過ぎようとしたとき、総務部長が会場にあらわれ、

「たいへん申しわけございませんが、時間もだいぶちましたので、質問はあとひとりということにさせていただきます。どなたか……」

 言葉がおわらぬうちに、

「週間謹聴の小木曽おぎそと申します」

 他社を圧倒するような大きな声で、名乗りでた。まさに談合問題の震源地ともいえる週間謹聴だけに、だれも小木曽の発言をさえぎるものはいなかった。

「いままでの説明によれば、責任のすべては営業部長の大河原雄三氏にあるように聞こえるのですが、本当に大河原部長マターで進められたのでしょうか。告発者X氏のはなしでは、これは来週号で書く予定ですが、御社の芝崎しばざき専務が直接関わっているという確かな証言があるのですが。このこと、いかがですか?」

 芝崎専務という具体名がでたことで、会場から「うぉー」という声があがった。神崎社長の顔にも動揺が見てとれたが、すぐに立ち直ると、
「はい。柴崎専務は営業部長の経験がありますので、この問題に関わっていたと判断しています。しかし、先程も申しあげたとおり、秘密主義が貫かれて、完全に分離されていましたので……」

「本当に秘密は貫かれていたんですか?」

 週間謹聴の小木曽が、最後まで聞かずに割込んだ。

「はい。少なくともわたしの耳には入ってきませんでした」

 神崎社長が自己保身とも思える言葉をはくと、

「そういう問題じゃないですよ。あなたはもともとリッチ&スターズ銀行から経営再建のために下ってきた人だから、ある意味部外者なのかも知れませんが、その他の生え抜きの役員たちも、本当に知らなかったと断言できるのですか。あなたが知らなかったということが事実だったとしても、それが会社ぐるみではなく、いち組織の仕業だと言い切ることができるのですか」

 小木曽は、神崎社長を指さしながら言った。

「はい、それに関しては……。もう一度調査をして、後日ご報告したいと思います」

 神崎社長が額の汗を拭い、カメラのシャッター音がいっせいに響いたとき、

「では、会見はこれまでとさせていただきます」

 総務部長が宣言した。

 神崎社長は、再びテーブルの横に立つと、深々と頭を垂れ、

「まことに申しわけございませんでした」

 と言い、総務課長に抱きかかえられるように会場を後にした。

     ☆     ☆     ☆

 万里子まりこは怒っていた。とりあえず頼んだ生ビールを、グイと飲みほすと、

「これじゃ、トカゲの尻尾しっぽ切りじゃないの!」

 ジョッキをドンと置いた。憤懣ふんまんやるかたないという気持が、顔にも動作にもあらわれていた。

「たしかに酷い会見でしたね。まあ、社長としては、会社が受ける被害を最小限にしたかったんだと思いますが、だからって嘘はいけませんよね。辞めた木島きじまさんのはなしだと、談合は芝崎しばざき専務の直轄ちょっかつ組織で行い、専務自身が主導的な役割を果たしたと、言ってましたからね」

 篠原が言うと、

「そうなのよ。会社ぐるみの談合なのに、営業部に全責任をなすりつけるなんて、あんまりだわ。大河原部長が行方不明をいいことに、あること無いことでっち上げて、切り抜けようなんて、卑怯ひきょうきわまりないわ!」

 万里子は空のジョッキを持ちあげ、店員におかわりを持ってくるように、ジェスチャーで伝えながら言った。

「そう、その大河原部長ですが……。石崎いしざき総務課長が自宅を訪れ、いろいろご家族からはなしを聞いたそうです。詳細は分かりませんが、自殺を匂わすような置き手紙や、失踪しっぞう後の連絡は、まったく無いということです」

 山元やまもとが言った。

「そうよね。あの自己中おとこに、自殺なんて言葉は無縁だわ。でも、だとすると、なんで連絡もせずに、失踪を続けているのかしら?」

「それはよく判りませんが、なにかトラブルに巻き込まれて、連絡できない状況なのかもしれませんね」

 山元が言うと、

「なにかのトラブルって何よ?」

 万里子は、二杯目のビールを半分ほど飲んでから言った。

「今朝も会社の前で、大音量でがなりたてていた一団がいましたよね。ああいう連中が、大河原部長になにかをしたと考えるのは、さして無理じゃないと思うんです。週間謹聴の記事には、営業部のO部長と書かれていたので、人事に関するプレスリリースを調べれば、大河原部長だということは、簡単に解ると思うんです」

「そうだとして、その『なにかをした』とは、拉致らちということ?」

「まあ、ひとつの可能性としてですが……。そうじゃないことを願っていますが」

 相変わらず山元は、冷静な口調で状況を分析した。

「ところで先輩。週間謹聴に情報を売ったのは、やっぱり原田さんなんでしょうか。それとも、経営調査部の木島さんなんでしょうか?」

 篠原が割込むと、

「二人が協力して、情報をリークした可能性もあるんじゃないか」

 山元がこたえた。

「たしかにそうね。原田さんだけじゃ、談合の全体像は見えないだろうし。週間謹聴の記事を読むと、木島さんの立場じゃないと判らないことが、いろいろと書き連ねてあったわね」

 と言った万里子は、とつぜん目を輝かせ、

「そうか、解った。談合問題を週間謹聴に持ちこんだのは、X氏の代理人と称するY氏ということになってるけど、X氏は木島さんでY氏が原田さんなら、はなしのつじつまが合うわ。そうよ、そうに違いないわ」

「なるほど。さすが先輩ですね!」

 篠原が嬉しそうに笑うと、

「たしかに筋がとおりますね」

 山元も同意したが、さらに言葉をつないだ。

「ただ、ちょっと気になることもありまして……」

「なによ、気になることって?」

「例の学生運動のことを調べていたら、マスターこと猪狩伸二いがりしんじ大河原おおがわら部長が同学年だとわかったんです。で、マスターは東大で大河原部長は早稲田で、二人とも学生運動の経験があると言うことは、学生時代になんらかの接点があった可能性が高いと思うんです」

「それって、どういうことなの? 篠原も同じようなこと言ってたけど……」

 万里子が問うと、

「いや、根拠があるわけじゃないんですが、大河原部長の失踪に、マスターがなにか絡んでいるんじゃないかと……。なんとなく、そんな感じがするんですよ」

「でも……。だとしても、談合問題を週間謹聴に持ちこんだのも、マスターが絡んでいるとは考えにくいわ。だって、マスターとはなにも関係ないことだもん、談合問題!」

「たしかにそうなんですが……。なんとなく引っかかるんですよ」

 山元が首をひねると、

「そういえば、あの日の夜、店を出ようとしたとき、マスターが『原田健三という名前が聞こえたんですが、もしかしたら探している友だちかも知れない』と言ったんですよ」

 篠原が思いだしたように言った。

「そのはなしは、まえにも聞いたけど……。けっきょく、どうしたんだっけ?」

 万里子が首をかしげると、

「『確認をしたいので、連絡先など分からないか?』と訊かれたんです。ちょうど原田さんが書いてくれたメールアドレスのメモがあったんで、それを渡したんです。もう携帯に登録したので、必要なかったので」

「じゃあ、マスターと原田さんがつながっている可能性もあるということね。でも、なんでマスターは、原田さんを知っていたのかしら?」

 万里子が篠原を見ると、

「あの日の夜は、あんな雰囲気ふんいきだっので、それをく余裕はなかったです。でも、考えてみれば不思議ですね。マスターと原田さんは、年齢も違うし、出身地も青森と和歌山ですからね」

 篠原も、万里子を見かえした。

「もしかしたら、週間謹聴に情報をリークしたY氏というのは、原田さんじゃなくてマスターかも知れませんね。猪狩伸二という人の性格を考えると、義憤ぎふんられ、談合問題を公にしようと考えたとか」

 山元が、冷静に言った。

「たしかに可能性はあるわね」

 万里子が肯くと、

「だれがY氏かは、週間謹聴に行って、直接はなしを聞くしかないですね。まあ、簡単に情報を開示するとは思えませんが、可能性のある名前をだせば、表情くらいは動くかも知れませんからね」

 篠原が言った。

「ぼくも、それが一番いいと思いますね」

 山元も同意すると、

「じゃあ、そうしましょう」

 万里子がまとめた。

・・・つづく

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