通勤日記ー下り超特急ー
出物腫れ物というが、突然の下り超特急は、通勤のサラリーマンにとって脅威である。急行などに乗って、池袋まで十分以上も停車駅がないときなど、非常停止ボタンを押したくなってしまう。運良く駅に降りても、トイレがふさがっていれば、ふたたび腹痛と闘わなければならない。
だいたい人間の胃腸は、文明や文化の進化に、対応できているんだろうか? ネアンデルタール人あたりから考えても、人間の食べものは、ほぼ自然のものを、自然に食べていた。今日のように、食物を加工し、料理し、塩分や脂肪分や糖分を過分に摂る生活は、人間の歴史の一パーセントにも満たない。
いまさらダーウィンの進化論を持ちだすまでもなく、人間の消化器系は、現代の食生活に対応できていないのだ。だから、ときどき腹痛などの不具合がおきるのだ。
まあ、そんなことを考えた、朝のできごとである。
☆ ☆ ☆
最近気が付いたのだが、東武東上線のドア付近に、下痢止め薬の広告が貼ってある。つり革にぶら下がったサラリーマンが、腹痛にもだえ苦しむ姿が描いてあり、経験者には切実な問題として、薬の購買意欲を刺激している。
多くのサラリーマンが、電車で突然の腹痛を、経験しているのではないだろうか? ぼくもそのひとりだ。
いつだったか、冬の朝、志木駅で上りの東上線に乗ると、急に暖かい車内に入ったせいか、だんだんとお腹が痛みだしてきた。そして朝霞駅を過ぎたころから、チクチクと差すような痛みが混ざりはじめ、どうにも我慢ができなくなってきた。額からは冷や汗が吹き出し、広告の漫画にあるような内またの体勢になり、次の和光市に到着するのをひたすら待ち続けた。
和光市に着くやいなや、ホームの階段を降りトイレに飛び込んだのだが、すでに個室は満員で、次を待つ人が二人列を作っていた。ぼくは本当に苦しかった。前の人に順番を譲ってもらおうと思った。しかし前の人も苦しかったのだろう、足を小刻みに動かしながら、便意から気をそらそうと必死になってる姿を見ると、とても順番を譲って下さいとは言えなかった。
ぼくは仕方なく列の最後に付いた。本当に苦しかった。変な話だが、周期的に肛門の周りに痛みが走り、そのたびに踵を上げて我慢する。この体勢が痛みを和らげる最良の方法かはわからないが、間違っても肛門から出さないように括約筋を締めると、そのような体勢になってしまう。
こんな時に限って、なかなか入っている人も出てこない。よく行楽日和の日曜など、高速道路のサービスエリアで、我慢できない女性が男子トイレに列を作っているが、こんな時は緊急避難で女子トイレが使えないものかと思ってしまう。
ぼくは本当に女子トイレに飛び込もうかと思った。まあ犯罪者にはなりたくないので、ぐっと我慢をしたが……。
前の男性も辛いらしく、足のばたばたが激しさを増した。そして用を足した人が悠然と出てくると、すかさず個室に飛び込んだ。「あ~~っ」という声が漏れてくると、苦しさから解放された至福の瞬間であることが、ひしひしと感じられる。
「あと一分くらい待てば」と自分に言い聞かせながら、括約筋が活躍し続けることを願う。あの周期的に襲ってくる痛みは、ぼくには経験はないが、男性が経験する痛みの中で、最も出産の苦しみに近いのではないかと思ってしまう。
まあ、出産の苦しみと一緒にするな、という声が聞こえてきそうだが、経験できない男の戯れ言と、ご容赦願いたい。股間を打ち付けたときの痛みを女性が解らないように、出産の痛み苦しみは、男には永遠の謎である。
そしてやっとぼくの番がやってきた。ふと後ろを見ると、ぼくの後ろに同じような人が三人、列を作っている。ぼくは後ろの人のためにも、頑張って短時間で用を済まそうと思った。
そして……。いやこの後のことは、止めておこう。無事に用を完結したことだけを付け加えておこう。
・・・つづく