通勤日記ーチャイムは誰が鳴らすー
鉄道が動脈ならば、バスは毛細血管だ。細胞のように存在する家々と鉄道の駅をつなぐだけでなく、鉄道の駅と駅をバイパスし、効率よく移動する手段も提供してくれる。
だから、東京の街中を移動するなら、バス路線を熟知するのが、もっとも効率のいい方法だ。地下鉄も便利だが、バスと併用することで、移動効率は飛躍的に向上する。
まあ、交通状況により運行時間に誤差が生じるデメリットはあるが、手を挙げれば発車を待ってくれる臨機応変さは捨てがたい。
先日も、高峯秀子主演の映画「二十四の瞳」を見ていたら、泣きべそをかきながら歩く児童をみつけた大石先生が、バスの運転手に止めてと言い、無事に自宅に招くというシーンがあった。もし電車だったら、こうはいかない。
そんなバスには、ぼくが子供のころは運転手と車掌がいて、ほんわかした雰囲気があった。車掌の「次はどこどこです」という言葉が、生身のあたたかさを感じたからだ。
しかしいまは……。
☆ ☆ ☆
ぼくが子供のころ、バスには必ず女性の車掌がいて、「次はどこどこです」といった後に、ピンポンとチャイムを鳴らしていた。このチャイムは、車掌と運転手のコミュニケーションとして使われており、鳴らしかたで次が停車なのか通過なのかを伝達していたと記憶している。
車掌がいた時代のバスは、人間的な暖かみがあった。東京は蒲田で暮らしていた子供のころ、京浜急行の回数券を持って、東京急行のバスにのったことがある。降りる段になって、他社の回数券を出された車掌は、ぼくを咎めることなく間違いを指摘し、気を付けるんだよという言葉までかけて降ろしてくれた。間違って出した回数券も、受け取らなかった。
両親が共稼ぎだったため、小学校から下校すると、バスで学習塾に通っていた。毎日使っていたバスなのに、その日に限って間違えてしまったのだが、いま考えると、バスの外観が似ていたように思う。
この時代のバスは、方向指示器が機械式で、運転席横にしまわれた時計の針みたいなモノが、九十度回転し横に飛び出す仕組みだった。ぼくはこの指示器が好きで、いつも見える位置に座り飛び出すのを眺めていた。まるでサバンナで暮らす鹿が、警戒したときに耳を立てるような感じで楽しかった。
だが時代は進み、バスから車掌の姿はなくなった。運転手だけのワンマンとなってからは、チャイムを鳴らすのは乗客の役目になってしまった。
ぼくが普段利用するバス乗り場は、比較的多くの人が乗り降りする。面白いことに、乗り降りの人が少ないバス停の場合、停車を伝えるチャイムは、車内の案内放送が流れるとすぐに鳴り響く。だが、ぼくが利用するバス停は、なかなかチャイムを鳴らす人が現れない。きっと誰かが鳴らすだろうと、高をくくっている人が多いのだろう。
ぼくもその一人だ。
先日も、降りるバス停がどんどん近づいているのに、誰もチャイムを鳴らさず、危うくバス停を通過するところだった。危機を感じた一人が、バス停三十メートル前で鳴らしたから滑り込みセーフだったが、このような駆け引きが毎日のように繰り返されている。
以前、一度だけバス停を過ぎてしまったことがあった。あわててチャイムが鳴り響き、つぎのバス停でぞろぞろと降りる人が十数人。みんな一斉に、バスが通過した道を無言で戻る姿は、なんでチャイムを鳴らさないんだという責任転嫁と、俺が鳴らせば良かったという後悔が入り交じっていたと思う。バスの運転手も、降りる人がいることを承知で、通過したものと推察される。
いままでぼくはチャイムを鳴らしたことがない。いつも人任せであり、万一通り過ぎたら、次で降りればいいと考えている。少しはいい運動になると、前向きに考えて。
・・・つづく