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路傍に咲く花(15)

 木島きじまが初めて談合だんごうの場に出席したのは、経営調査部に異動して半年がとうとしていた、晩秋の午後であった。その日は森山もりやま部長のおともという名目であったが、実際には、木島を談合関係者に紹介するのが目的であった。

 会合は、赤坂あかさかにある小さな料亭でひらかれた。機密保持には格好の場所だということで、よく料亭がよく使われると、森山部長が木島に教えた。

 この日の議題は、山形県Y市役所のコンピューターシステムの入札であった。指名入札であったため、出席者はオリエンタルコンピューターを含めて五社であったが、互いに顔見知りの間柄あいだがらなので、親しそうにあいさつしている姿が不思議であった。本来はライバル会社のはずだが、談合という特殊な状況の中では、呉越同舟ごえつどうしゅうという仲間意識が生まれるのだろうと思った。

 談合会議は、比較的おだやかに行われる場合もあれば、丁々発止ちょうちょうはっしのやりとりが展開されることもある。受注の順番がある程度決まっている場合や、その会社の地元自治体が発注する場合は、比較的おだやかであった。ただ、いろいろな理由で、どうしても受注したいと申しでる会社があると、さまざまな交渉と調整のはなしとなり、混乱することもあった。

 その日の会議は、ライバル会社のネプチューンシステムズの受注が、暗黙の了解事項であったため、十五分ほどの話し合いで決着し、酒席の場となった。森山部長はころ合いを見はからって、各社の担当に木島を引き合わせ、

「これから担当として会議に出席するのでよろしく」

 と、あいさつに回った。

 木島も、

「よろしくお願いします」

 と頭を下げたが、考えてみればヘンなはなしだと思った。

     ☆     ☆     ☆

「それが私の談合デビューだったのですよ」

 木島はし目がちに言った。

「どうしても受注したい時って、なにかアクションを起こすんですか?」

 と、篠原。

「そうですね、色々なアクションがあるのですが、一番オーソドックスなのが見積もり仕様書しようしょの作成代行ですね」

「作成代行?」

「そうです、作成代行。自治体や官庁がコンピューターシステムを発注するさいは、まず見積もり用の仕様書と図面を作り、入札業者に配布します。業者はその仕様書をベースに見積もりをし、入札をするという仕組みなのですが、この入札仕様書は、自治体から一般の設計事務所へ依頼され、作成されるのです」

 木島は、ここで間をおくと、

「でも、談合にかかわる事案の場合、設計事務所とコネのあるメーカーが、無償で作成代行するんですね」

「それは、ナンでですか?」

 万里子がくと、

「それは、談合会議の席で、自社の関与をアピールするためです。手書きの時代は、図面や仕様書の表紙に自社の名前をうすく書き、コピーをとったあと消すという作業をしていたそうです。そのコピー図面を談合会議で見せることで、『この物件はウチでやらせていただきます!』ということになるのです」

 木島ははなし終わると、ふうっとため息をついた。

「そんなことをするんですか!」

 篠原が驚くと、

「そうですね。作成したという既成事実きせいじじつだけでなく、仕様内容にもみこむことがあります。自社に有利にはたらくよう、見積もり仕様書を工夫するんです」

「工夫って? たとえば?」

 万里子が問うと、

「たとえば、自社にしかない機能や技術があれば、それが必須条件のように書くこともありますし、他社をつぶしたい場合は、他社のできない技術や弱点を、必須の機能として書き込んだりします」

 木島は、ひと息つくと、

「そうそう、さっき仕様書や図面の作成代行のはなしをしましたが、いまは手書きすることもなくなりましたので、ワープロソフトやキャドで作業している写真を提示することが多くなりました。まあ談合の会議では、物件への関与をアピールすることがイチバンで、そうなると他社は口だしできなくなります」

 木島は、いい終わると、ため息をついた。

「キャドデーターって、あのキャドのことですか?」

 万里子が質問した。

「はい、そうです。キャドとは、コンピューターを使った設計製図のことで、エクセルとかワードでも、線や図形を描いたりできますが、それだけでなく、コンピュータグラフィックのように三次元でモノの形を設計し、機械加工のデータとして出力したり、二次元の図面を作成したりと、設計製図に特化したコンピュータシステムです。コンピューター・エイディッド・デザインの頭文字を取って、CADとあらわされます」

 木島は、なるべく平易な言葉をえらび、説明した。

 そして、続けて、

「一口に談合といいますが、決して癒着ゆちゃくばかりでなく、丁々発止ちょうちょうはっしやり合う場面も多いのですよ」

 あるていど生臭なまぐさいはなしを想像していたが、木島の口から出てくることは、二人の想像をはるかに超えていた。万里子は、こんな事にエネルギーを注ぐなら、もっと他にやることがあるだろうと思った。

「ところで、聞くところによると、その世界では、『天の声』というのもあるそうですが……」

 どこから聞いたのか、篠原が質問すると、

「よくそんな言葉、知っていますね。それは政治家が関与したときのはなしで……」

 木島は自分が関係した談合で、「天の声」で決まった典型的な事例を、はなしはじめた。

     ☆     ☆     ☆

 それは、神奈川県X市の入札に、市議会議員が関与した事例であった。図書館やスポーツ施設などの利用者を管理するコンピューターシステムで、過去に受注したことのある業者八社による、指名入札であった。

 X市は大芝電気おおしばでんきが本社をかまえる地で、談合の会議でも、おおかたの業者は大芝電気で決まりだと思っていた。だから、出席した担当者の誰もが、短時間で話し合いが終わり、酒席になると思っていた。木島もその一人だった。

 ところが、コンピューター業界最大手の陸奥製作所むつせいさくしょが、突然割り込んできた。前年、陸奥製作所の地元M市の小さな公共物件を、大芝電気が立て続けに五件受注したことがあった。談合会議にかからない予算五百万程度の物件であったが、陸奥製作所としては地元をらされた格好であった。

 木島は、それに対する報復であろうと思った。

 この業界、莫大な法人税を支払っている地元企業が、その自治体の物件を優先的に受注するというのが、暗黙の了解事項になっていたからだ。結局、会議では陸奥製作所が押しきり、大芝電気はほぞをかむ形となった。

 ところが、大芝電気は地元の大物市議会議員に働きかけ、一発逆転を仕掛けてきた。いわゆる「天の声」というやつで、その結果、ほぞをかんだのは、またも陸奥製作所となってしまった。裏金がまかれたと噂されたが、真偽しんぎのほどはわからない。ただ、政治家の声は絶対であり、くつがえすのは難しいことであった。

 このはなしは業界でも有名となり、陸奥製作所と大芝電気は、それ以来、談合会議で激しくやり合うようになった。

「そんな事で、呉越同舟ごえつどうしゅうではありますが、自社の利益を求めて、激しくやり合うことも、珍しくないのですよ」

 木島は、ふたたびため息をついた。

「そうですか……。なんだか大変だったんですね、木島さんの仕事って!」

 万里子は心底そう思った。そして、もし自分がその立場に置かれたら、数日で辞表をたたきつけただろうと思った。

 その後も様々なエピソードは続き、はなしが終わったのは、午後七時を過ぎていた。

・・・つづく

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