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昭和の香り

ちょっと古い話ですが‥‥。

二〇〇六年九月十六日の読売新聞に、洗濯物に「昭和の香り」という投書が掲載されました。

投書の主は、普段洗濯物をたたむとき、夫と息子さんの男臭おとこくささが気になり、使いかけのオーデコロンを数滴たらしていたそうです。

そのオーデコロンが残り少なくなったとき、尊敬する方から、若いころあこがれていたゲランの名品「ミツコ」をいただき、洗濯物に使用したそうです。


ゲランのミツコ

そして、その香りをいだ息子さんが発したのが、「昭和の香りだね!」という言葉だったというお話でした。

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この「ミツコ」という香水は、一九〇〇年代初頭、ヨーロッパに起こったジャポネスク(日本趣味)に影響を受けたと言われ、シプレ系フルーティーの香りに分類されます。

すでに発売から百年近い年月を生きた「ミツコ」は、りんとした気品を感じる香りがゆえに、和服を装うときにしばしば重用されます。

投書の主は六十四歳の女性(当時)となっていますので、この息子さんも昭和を生きた人なのでしょう。

だから「昭和の香り」という言葉が出たのだと思います。

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でも、「ミツコ」の香りに秘められたバックグラウンドを、息子さんが知っていたのでしょうか?

一般的な男性像を考えれば、深い香水の知識がある人は少ないと思います。

だから、その香りから、純粋に「昭和」を感じたのではないでしょうか!

だとすると、何をもって息子さんは「昭和」を感じたのでしょうか?

これは想像ですが、「ミツコ」の中にひそむりんとした気品と、オークモスを感じる奥ゆかしい華やかさが、香りの中に懐かしさを感じたのかもしれません。

その懐かしさが「昭和」という時代と結びついたのだとすれば、同じ時代を過ごしたぼくも、納得してしまいます。

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平成の時代に入り、何となくかされて生きているような気がしています。

テレビから流れてくる会話や音楽を聴くと、「気品」や「奥ゆかしさ」という言葉を発するのもはばかられます。

そんな空気感は、インターネットやデジタル放送に代表される、急速な社会基盤(インフラストラクチャ)の変化が背景にあるのだと思います。

明治・大正・昭和と緩やかに発展した社会基盤が、昭和の終わりから現在にかけて急速に変化しています。

そして、私たちはその基盤に追いつくために、必死に走っているような気がしてならないのです。

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時代は文化を新しい方向へ導きます。

でも、急速な変化の狭間はざまで、古き良きものを捨て去ることなく、その上に新しいものを積み重ねてほしいと思います。

「ミツコ」が一世紀を生き抜いてきたように、普遍的な価値をみんなが大切にし、住みよい社会になればいいと思います。

その意味で、記憶と深く結びつく香りのある暮らしも、大切にしたいですね。

・・・おわり

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