大嫌いな後輩の話。
写真館に勤めていた頃の話である。Sという後輩がいた。
Sは大変に人を舐めた人間であった。仕事が遅く、ミスも多く、しかしプライドは高く、こちらがミスを咎めると「テヘペロ⭐︎」と冗談ごとにしようとし、通じないと知るとつまらなそうな顔を隠さず開き直り、こちらがフォローしてるというのに堂々とサボるなどをして、またそれを咎めても「テヘペロ⭐︎」などと抜かし、幾度となく「××すぞ(命を強奪することを仄めかす言語)」と私に言わしめた。
最初こそどうにか仲良くしようと努め、ご飯に行ったり遊びにも行ったりして一瞬仲良くなれた気がしたものの、「今期の目標」を聞かれて「妹キャラを目指す」と答えるような人間と私が本当の意味で仲良くなれるはずもなく、話し合おうとしても最終的には胸ぐらを掴んでしまう有様だった為、もう近づかない方が良かろう、と私はSと口を利かなくなった。Sもかなり反抗的になっていたし、私たちははっきりと不仲となってしまった。しかし他の社員は私程被害に遭っていた訳ではなかった為、Sの「妹キャラを目指すお⭐︎」に対し「何それ草」といじったりしていた。
その日もSは仕事をサボり、事務処理に勤しむ私の背後でダラダラと無駄な作業をし、他の社員達と無駄口を叩いていた。
話題はSの容姿のことで、みんながSの容姿に対してダメ出しをしていた。Sは容姿に手間をかけるタイプではなかったから、こうして女性社員達にからかわれることが何度もあり、最早暇な時間の鉄板ネタくらいの定着ぶりだった。Sは何を言われてもヘラヘラしており、「眉毛変だよ」などと笑われても「えぇ〜?」と返していて、私はそのクソみたいな会話を耳に入れない努力をしながらも、上手くできずにいた。
そんな流れの中、誰かが「Sの目、細すぎて切り傷みたい」と言った。他の誰かがそれに乗り「てか誰か他にも言ってたよね、それ」と言い、それを最初に言い始めたのが誰だったのかを話し始めた。そして、誰かが「サトウさんだっけ」と言った時である。それまで「切り傷じゃないよぉ」とヘラヘラしていたSがこう言った。
「サトウさんは、人の見た目を馬鹿にしないよ」
急に低いトーンで発せられたSの言葉に、場は一瞬冷えたように見えたが、誰かが「じゃあ誰だっけ」とまた会話を始めた。心の底で見下していたSに反旗を翻され、正常バイアスを働かせることしかできなかったのだろう。そして、それは私も同じだった。振り返ることも会話に加わることもできなかった。
それからもずっと、私とSは不仲のままだった。しばらくして、Sがバックれるように会社を辞めた。なんの言葉も交わさなかった。
あれから10年以上が経つ。Sが今何をしているかは知らないが、私は今でも写真を撮っていて、容姿を揶揄する様々な言葉や風潮と向き合っている。
たまに虚しくなることがある。不毛だな、とよく感じる。とっとと写真なんか辞めて、自虐をしたり、誰かを笑った方が楽なのかもしれない、と思ったりもする。
けれど、孤独だと思ったことはない。
たった1人、私のことを大嫌いな人間が、私のことを信じている。
こういう時は海の写真つけときゃいいんだと思う。