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「面倒な客」に対して思うこと

独立してすぐの頃、勤めていた写真館の後輩カメラマンの仕事の愚痴をよく聞いていた。先に辞めて身軽になった身分で聞く愚痴は、酒の飲めない私にも良いツマミであった。

ある日のこと、後輩2人がいつものように酒を飲みながら「今度面倒な客が来るんですよ」と言った。「どんな?」と促すと、どうやら持ち込みの小道具があるらしく、「布を持ち込むので、それを背景にして振袖姿を撮りたい」と言われているとのことだった。

「貼る場所ないし」「皺とかどうすんの」「土日の忙しい日に壁に画鋲使って布貼る時間なんてなくない?」と後輩は酒を飲みながら口々に言った。私たちが勤めていた写真館では、1人30分しか撮影時間を与えられない。それを1日に12人、休みなく回転させるのだ。時間的に厳しいことは私にも理解ができた。

私は帰りながら、そのお客さんのことを考えた。どんな布なんだろう?自分でデザインした布とか?もしかしたらパッチワークとか?だとしたら、ご親族様の手作りなんてこともあり得る。どちらにしろ大事な布に違いないから、なるべく画鋲は使いたくない。背景だからといって、壁に貼らなきゃいけない訳じゃないのでは?なら、お連れの方にその布を持ってもらい、その前にお嬢様に立ってもらうのはどうだろう。そして、お連れの方も含めて一緒に撮ってみたらどうだろうか。温かい家族写真になるだろうし、お連れの方が写りたくないなら、手元だけ残してトリミングをするとか、いくらでも撮りようがある。

他にも「ああしたら」「こうしてみれば」を考えながら、私はなんだかとても悲しくなった。その子が私に依頼してくれていれば、撮影時間は1時間あるし、予約も1日にせいぜい1、2組しか入れない。私に限らず、もう少しゆとりのある写真館やカメラマンに頼んでくれていれば、その子は「面倒な客」にならずに済んだ。

それからも後輩の話や、いろんな写真館に出入りする度、いろんなお客さんが「面倒な客」になるのを見聞きした。

「和室のセットがないことに怒るお客さん」
「貸切じゃないことに怒るお客さん」
「撮影の様子をスマホで撮れないことに怒るお客さん」
「男だけど振袖を着たいと主張したお客さん」

どんな店にもルールがあり、その店を利用する以上はそれを守らなければならないのは当然である。だが、私はいろんな現場でそういったエピソードを聞く度、「私に頼んでくれてたらなぁ」と不毛なことを思った。

こういった「撮る側と撮られる側のミスマッチング」について、私はよく勝手に考えて、よく勝手に胸を痛めている。

「写真が苦手な人を撮る」と謳っているため、お客さん側からの「納得いかない撮影」に関する話もよく聞く。「それは酷いなぁ」と思うことも多いが、「それは仕方ない」と思うことも正直ある。

予約すれば後は行くだけ、という便利さから行った写真館で「時間制限なく内面に向き合って撮って欲しかった」はなかなか難しいと思うし、HPにロケの写真しか載せてないカメラマンにスタジオ撮影を求めるのも博打が過ぎる。

「無理な依頼は撮る側が断ればいい」と思うかもしれないし、もうホントそれ、それ過ぎる、なんで断らないんだよ、断って他のサービスを進めた方がお互いの幸せのためだよ!と私だって思うのであるが、残念ながら世の中の予約システムの全てにカメラマンが関わっている訳ではなく、予約を受けるのは写真の素人で、ノルマ達成のためによく分からないまま予約を受けてしまい、カメラマンがお客さんの要望を聞くのは撮影当日、ということもザラにある(写真館時代、よくこれで悲しい内戦が起こった)。個人のカメラマンも資格がある訳じゃなく、本人がプロと名乗ればもうプロなので、自分がそれを撮れる力量があるかどうかも分からないまま依頼を受けてしまうこともよくあるらしい。撮る側が「断らない」というのは、本当に良くないことだと私も思っている。

そろそろ読んでる人が「なんだ地獄の話か」と思う頃かと思われますね。

残念ながら、「だから撮影サービス選びはこうしたらいいよ」と安易に話すつもりはない。また、「とにかく私に頼みなよ」と言うつもりもない。写真館は千差万別だし、個人のカメラマンである私にはできることに限界がある。

ただ私は、どんなお客さんにもきっと「最適な撮影を提供してくれる写真館やカメラマン」が存在するのではないだろうか、と思っている。本当は誰も、「面倒な客」になんてならずに済むのではないだろうかと。

その為に、少し想像してみてほしいのだ。撮られている時の自分の姿を。

撮影場所はどんな所がいいだろうか。今っぽいお洒落な洋風なセットで撮りたいだろうか。それとも茶室や庭園だったらどうだろう。貸切でゆったりできる場所の方がいいだろうか。

カメラマンはどんな人間が自分に合うだろうか。大手ならではの教育を受けたカメラマンの方が安心だろうか。それとも自分の個性で活動しているカメラマンの方がワクワクするだろうか。短時間で数枚撮られる方が気が楽だろうか。それとも、ゆったり会話をしながら沢山枚数撮られる方が思い出になるだろうか。

撮影中は1人がいいだろうか。それともご家族様の見守る中で撮られたいだろうか。撮影中の様子を撮ってもらいながら撮って欲しいだろうか。それとも、カメラマンの向けるレンズに集中したいだろうか。

撮った写真はどんな風に持っていたいだろうか。家で大切に置いておきたいから台紙やアルバムがいいだろうか。それとも、いつでもスマホで見れるようにデータがいいだろうか。

何を優先したいか。何なら妥協できるか。

そうして想像した「こういう撮影がいいなぁ」に「心配ありません、お任せ下さい!」と答えられる写真館なりカメラマンなりを選んでほしい。ちょっと面倒そうに対応されるような所だったら、そんなサービスは利用する必要がないのだ。

写真がデジタルで撮られるようになって、誰もがカメラマンを名乗れる今、撮影サービスが過去最大級に増えていると思う。これだけあればどこも同じだと思ってしまうというか、もう選ぶのが面倒になる気持ちも正直分かる。呉服店で衣装を契約すると自動的に撮影サービスがついてくることも多いし、自分が撮影サービスを選べるという発想すらないことだってあるだろう。ただ、その「面倒がらずに自分に合った撮影サービスを選ぶ」という選択を放棄した向こうに、撮る側にも撮られる側にも悲しい結末が待っていることが多いように思う。

私は、誰にも「面倒な客」になってほしくない。
誰からも撮影に関わる悲しい話を聞きたくない。
それは「撮影に対して誰かが面倒だと思ったこと」の証拠なのだ。

全ての撮影現場から「面倒」が消えますように。

※本文に出てくる「面倒な客」の例は、実際に聞いた内容を脚色しておりますので、当てはまる方がいても「私のことかも…」と思う必要はありません。

※ただお子様の撮影で後ろから「ちゃんと笑いなさいよ」と怒号を飛ばしたりデブだのブスだのと笑うご家族の皆様、あなた方はどこに行っても面倒な客です。自重されることをお勧めします。






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