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クロノスタシスって知ってる?

何でもない1日だった。ほんとうに、なんでもない、1日。
書き記すようなことでもないし、だれかに知らせるべきようなことはなにもない。

朝、といってももうほぼ正午。世の中というのはきっともっと早い時間に動き出しており、ひとびとを見送る朝のニュース番組が一段落つくように 午前中をうまく生きれた人間には束の間の休息を感じるような時間。に、目を覚まして顔を洗い食事を摂る。

きょうは、天気が、いいな。

前日に見た天気予報通り 外は雲一つない青空で、急いで暖房をつけずともすごせそうな室温。なんとなく、散歩でもしたほうがいいんだろうなと思いながら眠りについていたので窓の外に広がる予想と理想にぴったりの色合いにすこしだけわくわくした。日光を浴びるのは大事だから。

日差しがいちばん強くなりそうな時間に歩きやすい靴を履いて家を出た。
特に目的地も決めていなかったけれど、歩いて30分くらいの本屋、をグーグルマップに教えてもらった。

「花束みたいな恋をした」を買った。1月29日に公開される映画のシナリオブック。著者(すなわち脚本)は、坂元裕二さん。すきなドラマの脚本を何本も書かれていて、印象的なセリフも多く、リアルで、泥臭くて、それでいて爽やかな香りがする。映画は菅田将暉さんと有村架純さんが主演で絶対に見に行こうと楽しみにしていた作品。これまで何冊か坂元さんのシナリオを買ったことがあったけれど、鑑賞前に読む、ということをしたことがなかったので、ネタバレとも思える行為をすすんでやった。

川の見えるカフェでケーキとコーヒーを頼み、本を開いて、「あ、いい休日を過ごしているな」と思った。すきな時間に起きて、すきな時間にでかけ、すきな本を読んで、すきなものを食べる。ものすごくテンションのあがることは起きていないけれど、とてつもなく落ち込むこともない、ゆるやかで心地よく「すき」に囲まれた1日。じぶんのための、1日。

本は数ページだけ読んだ。おしゃれぶっているけどYoutubeも見たりしたし、「ていねいなくらし」みたいな時間だけではなかったけれど。
絹と麦、という名前の男女の5年間の恋のはなしなのだけど、序盤から端々に出てくる実在するカルチャーに心をくすぐられた。ふたりは、天竺鼠の単独ライブのチケットを持っていた、とか、今村夏子の話をしたり、そんなような。

帰り道、またここから30分近く歩いて帰ろうかとイヤフォンを耳に入れてアップルミュージックできのこ帝国の「クロノスタシス」を流した。初めて聴く曲。本で、絹と麦が歌い、話していたから。「クロノスタシスって知ってる?」と。
始まってすぐ、「ああ、この時間にぴったりだ」と思った。

”クロノスタシス”って知ってる?

顔をあげたらちょうどよく日が落ちていて、左手は蒼い黒に沈んで、右手は泣いたような橙だった。

知らないときみが言う

完璧な1日だった。だれにも邪魔されることがなく、だれにも知られることのない完璧な1日。

そしてすこし哀しくなった。

こんなにも美しくしなやかでパーフェクトな1日を、じぶん以外のだれも知らない。
発信されずに消えていく日常、まぶたに焼き付いた感情、
知ってもらいたいとおもった。

何かに残さなければ、それは”ない”と同じなのか?答えは考える間もなくノーなのだけど、きょうという日のすばらしさをだれかに知ってもらいたいと思ったんだ。時間は毎日有限で平等で、広い川に立ち並ぶマンションを見てここの1つ1つに人が住んでいると考えると恐ろしくなる。SNSにあげたくなるような1日も家の中で起きては眠り起きては眠ってすごした1日も同じだけ時間は進んでいて、それがこの地球に生きるひとすべてにあるのだと思うと、思うと、何が言いたいのかまで結論は出せていない。
知るべきでも知らせるべきでもない1日をここに残して何になるかもわからない。

何でもない1日だった。ほんとうに、なんでもない、1日。

ただ、なんでもない時間を、聞いてほしいという1日があった。

ゆらゆら揺れて 夢のようで
ゆらゆら揺れて どうかしてる

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