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冬の蜂

早朝の気温は1度。

冬ざれの小さな公園を通って最寄り駅にいく道すがらの出来事。

クスノキの下のアスファルトの道の真ん中に、

大きな蜂の骸(むくろ)が転がっていました。

体長4、5センチはある。

スズメバチだろうか。

ボーっとして歩いていたのでギョッとして蜂を避けて行き過ごす。

この寒さで力尽きてしまったのだろうか。

そいう言えば、以前に読んだ「風の中のマリア」を思い出す。

オオスズメバチを擬人化した、働き蜂「マリア」の生涯を描いた小説

自然界の厳しさの中で、自分の持ち場をしっかりと守り抜く姿が印象的で蜂への見方が変わりました。(とはいえ、追いかけられるのは嫌ですが汗)

なんだか早朝の冷たいアスファルトの上に転がっているのは切なくなってきて、後戻りして様子を見てみる。

固まって死んでいるのだろうか。

ピクリともしない。

死んでいてもビビってしまい、直接手では触れられずティッシュで包んで、椿の植え込みの土のあるところにそっと置いて行く。

そう言えば、蜂は越冬するのだろうか?

気になって調べてみると

『スズメバチの働き蜂は12月頃までに命を落とし、新しい女王蜂のみが冬眠して春を迎える。』とのこと。


ということは、そっと植え込みに置いた蜂は女王様だったのだろうか。


俳句の世界では「冬の蜂」という言葉が冬の季語になっているようです。

【季語】冬蜂 / 凍蜂
【解説】
冬季、蜂は体力温存のため、巣の中で仮死状態になって眠っているが、暖かな日には眠りから覚めて、夢うつつで徘徊したりする。動かないことが多く、飛んでもその姿は弱々しい。
【例句】
冬蜂の死に所なく歩きけり
  村上鬼城「定本鬼城句集」

(きごさい歳時記)

自分が出会った蜂はもしかしたら死んでおらず、仮死状態でクスノキから落ちてしまったのかもしれない。

その日の帰り道。

そっと置いて行った植え込みの下には、あの蜂はいなかった。

死んでおらず、息を吹き返して自力で飛び立って行ったのだろうか。

あるいは、カラスや野鳥につつかれて持って行かれたのだろうか。

無事に過ごせる場所を確保できたのだろうか。

自分はこれから家に帰れば暖かいお風呂もベットもある。

人にとっては蜂は忌み嫌われ、どうしても駆除の対象になってしまう。

とは言え、あの蜂は無事に冬を乗り越えてもらいたいな。

と、なんだかしんみり思ってしまった月夜の帰り道でした。

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