おじさん学入門
「おじさん」とはどのような種族なのか。
どのように彼らを把握し、定義付けするのか最近考えています。
それは、単に私自身が「おじさん」という種族ど真ん中にいる人間だからというだけなのですが。
そんなことを考えるきっかけとなった本が「おじさん図鑑」。これもまた古本屋でぶらぶらしていた時に出会った本です。
冒頭にはこんな文章が。
様々な「おじさん」が分類され、その生態が詳細に観察されています。
例えば、、「普通のスーツのおじさん」、「偉いおじさん」、「休憩中のおじさん」、「偉そうなおじさん」、「缶ビール・缶チューハイおじさん」、「半ズボン+革靴おじさん」、、、
まだまだ続きます、、
「休日のおじさん」、「ハイウエストのおじさん」、「ぽっこりおなかのおじさん」、「なんとなく嫌なおじさん」、「うるさそうなおじさん」、「正体不明のおじさん」、「アート系のおじさん」、「手ぶらのおじさん」、「秋葉原のおじさん」、「2人組のおじさん」、「部下といるおじさん」、「全身白っぽいおじさん」、「NIKEキャップのおじさん」などなど、かなり詳細にその生態が観察されています。
自分もいくつかの種族にあてはまるなあとニヤニヤ。と同時に、もこんな感じにみられているのねと苦笑しながら。
本自体は「おじさん」をいじり倒する感じではなく、実体・生態を正確に把握しようとしつつ、ポジティブに分析している感じです。
一方、日本の「おじさん」に対して、パリの「おじさん」の生態を描いた本もありました。
タイトルは「パリのすてきなおじさん」。「パリのおじさん」ではなく、「パリのすてきなおじさん」というタイトル、そして「街角のパリジャンに人生で大切なことを聞いてみた」というサブタイトルが心憎い感じです。
こちらは、一人ひとりのインタビューをもとに構成されています。
まず初めは「おしゃれなおじさん」から始まり、「アートなおじさん」、「おいしいおじさん」「あそぶおじさん」、「はたらくおじさん」「いまを生きるおじさん」。
それぞれの「パリのすてきなおじさん」たちの語録がまた味わい深いです。
こちらの本は一人一人のストーリーがある。日本の「おじさん図鑑」とは、だいぶ違う。日本の「アート系おじさん」とパリの「アートなおじさん」は相当ちがう。。
とは言え、日本のおじさん代表として、日本のおじさんもそんなに捨てたもんじゃないでのは、日本は日本なりの「日本のすてきなおじさん」というものもあるのでは、、と思っていました。
そんな中で、見つけた本が「カレセン」
―枯れたおじさん専科;Karesen―
花は枯れてしまえば捨てられる運命。
枯れてもなお魅力があるとはどういうものなのだろうか。
ドライフラワーのような魅力、、?
魅力とは「みずみずしさ」、「枯れ」とは関係ないことなのだろうか、、
この本では男の枯れた魅力を以下のように定義しています。
いい感じの枯おやじ。「枯れ」は「枯れ」でも「ツヤが感じられる枯れ」とでもいうべきもの。
これは日本流の、「わび」、「さび」にもつながるもので、「パリのすてきなおじさん」に対抗できるのではと勝手に解釈しています。
なにも対抗しなくても。。そんなこと考えること自体おじさんではないのかもしれませんが。
今回読んだ三冊の本で共通しているのは、他の世代と比較せず、その世代を真っ直ぐみて、ありのままを把握しようとする、「おじさん」へのリスペクトもうっすらと感じられました。
「おじさん」は世の中的には厳しい見方をされがちな中ですが、それでも、それぞれ、それなりに、自分ができる範囲で、積み上げてきたストーリーがある。
(一部)リスペクトの対象として見て頂いている(場合もある)ことも感じつつ、それに応えるべく、それでも、それぞれ、それなりに、自分ができる範囲で、積み上げていくしかないかなと感じました。
これからは缶ビールではなく、瓶ビールで飲もうかなと思います。
(まずは形から、、汗)
#おじさん #おじさん図鑑 #パリのすてきなおじさん #カレセン