横井まい子|涼やかな時間は私たちのものです
液体の芸術があります。
最初のひと口を舌の上に広げると、味蕾を騒がせ、頬の横で踊り、香りの波は、先ほどまでの過去を蜃気楼にしてしまう、そんな液体です。
秋の香気が心を羽ばたかせる午後のココア、冬の冷たさが極まった夜のホットワイン、春が最初にやってきた日の珈琲……
では、夏には何を? 何を選びましょうか。
梅雨の真ん中の憂鬱をライムの果皮で吹き飛ばすジントニック?
真昼の海辺のブルーソーダ?
長い夜の始まりへ誘う強いシェリー酒?
横井まい子が手がけるメイン・ヴィジュアル「夏の夜のお茶」は、見る人を涼やかな時間へと誘います。
太陽の野暮な暑熱が引き、往生際の悪い夏の夕焼けがずっと向こうの地平線を焦げ付かせているころ、露草色が辺りを覆うマジックアワーに、私たちの手元にはポットとティーカップ。
この時間のお茶は、夏の大三角形が夜空に現れるのを待ち伏せするのにうってつけです。
もうすぐ空で羽をひろげる白鳥と鷲のちいさな眷属たちも、庭を歩き回っています。
この庭を囲むハーブは、夏の暑さを身体から拭い取り、次第に眼は冴え渡ってゆきます。
そのハーブをいくらか、ポットに入れたのなら、この時間は私たちのものです。
ここで問題、このお茶には何を入れたでしょうか。
古い言い伝えによれば、遠い国では「なぜセージが庭に植えてあるのに、人はみまかるのか」とまで言われたこともあるそうな。
やがて香りは、テーブルクロス上の光のように、輝きながら周囲へと滲み溶けてゆくでしょう。
この夏の夕暮れには、香りも、光も、ドレスやリボンと同じ、実在です。
「泡沫のお茶会」へ席を移しても、きっと事情は大きく変わりません。
地上の喧騒など聞こえない、水底色の場所では、貝の形のお菓子にふさわしいお茶で。
カップの中は、彼女の服と同じ色でしょうか。
魚たちは、次はいつ会えるか分からない透き通るような女の子に、好かれようと気にかけています。
もし今夜、夢の中で貝殻を拾ったら、朝の世界へ持ち出せるでしょうか?
彼女の面影やお茶の味を忘れてしまっても、貝殻の触り心地だけは、泡のようには消えないでほしいものです。
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作家名|横井まい子
作品名|夏の夜のお茶
水彩・色鉛筆・モンバルキャンソン紙
作品サイズ|30cm×27.5cm
額込みサイズ|約44.4cm×36.8cm
制作年|2024年(新作)
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作家名|横井まい子
作品名|泡沫のお茶会
油彩・綿キャンバス
作品サイズ|22cm×16cm(オーバル)
額込みサイズ|約33.8×26.9cm
制作年|2024年(新作)
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