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熊谷めぐみ & 影山多栄子|ART & ESSAY《5》|アリスとアリシアの物語

 これは7歳の女の子アリス・レインバードがつくった物語。
 むかしむかし、あるところに王さまと王妃さまがいました。二人には19人(7歳から7ヶ月まで)の子どもたちがいて、長女のアリシア姫がみんなの面倒をみていました。

 ある日、お仕事に行く途中に、王さまは妖精のおばあさんに出会います。おばあさんは、王さまが買った鮭をアリシアに食べさせるように言い、その骨はぴかぴかに磨いて、正しい時に願えば、願い事を一つだけかなえてくれる魔法の魚の骨であるとアリシアに伝えるようにと告げます。

 王さまは妖精の言うとおりにし、アリシアは魔法の骨を手に入れました。 
 しかし、色々な困ったことが起きても、アリシアは魔法の骨を使おうとはしません。アリシアは妖精のおばあさんが言ったように、「正しい時」が来るのをずっと待っていたのです。

 『魔法の魚の骨』は、チャールズ・ディケンズがアメリカの子ども向け雑誌に連載した『ホリデー・ロマンス』(1868年)の中の一編である。あれもだめ、これもだめ、と大人に指示されることに嫌気がさした6歳から9歳までの四人の少年少女たちが、大人を教育するためにそれぞれ物語を作る。『魔法の魚の骨』はその中の二作目にあたり、7歳の少女アリスが作りだしたユーモアあふれる物語となっている。


 王さまが魚屋さんで買い物? そもそも王さまが勤めに出ていて、貧乏で給料日を待ち望んでいる? 王さまと王妃さまには7歳以下の子どもが19人もいて、アリシアには子どもが35人生まれる予定?

 そんな風に大人の常識で考えてはいけない。そもそもこの一連の作品は、そうした凝り固まった考えで子どもの世界をがんじがらめにしてしまう大人たちを教育するための物語なのだから。
 これは7歳の作者アリスにとってはなんら矛盾のない世界。はちゃめちゃで、大人をぎょっとさせるような、でも子どもなりの矛盾のない(大人にはうらやましいほど矛盾だらけの!)世界なのだ。

 アリスの物語世界では、国で一番の権力を持つ王さまも子どものアリシア姫にはかなわない。魅力的なあべこべの世界。アリスの反骨心は、真実を見極める知恵と勇気とやさしさを持つアリシア姫というキャラクターに現れている。そしていつも「いい子にしているように!」と怒られてしまう王さま(大人たち)の姿にも。

 7歳の少女「アリス」が作りだしたのは、明らかに作者のアリスを想起させる「アリシア」という名前の同じく7歳のお姫様の物語。そう、これはアリスの物語。いや、アリスの分身であるアリシアの物語なのだ。

 人形作家の影山多栄子は、そんなアリスとアリシアの物語を巧みに掬い取り、唯一無二の魅力を持った人形作品を作りだした。霧とリボンで長く活動をしている影山だが、モーヴ街のイベントには初登場であり、すべて作家自身によって撮影された写真の一枚一枚からは、作品への惜しみない愛情が伝わってくる。

 華美ではないが、丁寧に仕立てられたアリシア姫のドレスは、幼いながらに知恵を働かせ、勇気をもって困難な物事に立ち向かっていく彼女の人柄を表すようである。きりっとした襟元と、スカートから見えるドロワーズは美しく、髪と足もとは年頃の少女らしく、ドレスと同じ色のリボンで飾られている。

 胸元には彼女の大切な魔法の魚の骨を思わせるようなデザインが施されているのが微笑ましい。一目見ただけで、作家がアリシアという少女を、そしてアリスの物語をいかに深く理解しているかがわかる作品である。

 アリシアには忘れてはならない大親友がいる。それは「公爵夫人」である。実は、アリス以外には人形にしか見えないのだが、アリスにとっては何でも相談できる大切な相談相手なのだ。

 作家は、誰よりも頼りにできるような貫禄さえありながら、とんでもなく愛らしくてたまらない、世界でたった一人の公爵夫人を生み出した。こんな公爵夫人がそばにいてくれれば、アリシアもきっと安心して秘密を打ち明けられただろう。

 どことなくお互いの表情まで似ているように見える。アリシアにそっと寄り添う公爵夫人。二人の姿を眺めているだけであたたかな感情が湧いてくる。

 アリスの世界でも、アリシアの世界でも、公爵夫人は他の人から人間ではなく人形として扱われるようだ。だが、作家の手によって、公爵夫人だけでなく、アリシア姫も人形になることで、その二つの境界は曖昧になった。いや、作家の愛情がたっぷりと込められた人形となった二人の姿こそが、本来二人が観ている景色なのかもしれない。人形と人間、そんな線引きは、信頼関係で結ばれた二人にはまったく意味のないことなのだから。

 病気の王妃さまのためや怪我をした子どもたちのために、魔法の魚の骨を使ってほしい王さま。でもアリシアは、知恵と勇気と行動力で困難を乗り越えていく。最善を尽くしても報われない時こそ、魔法の魚の骨の出番はやってくる。そんな強い意志と勇気を持ったアリシア姫と公爵夫人を、そしてアリシアに投影された作者アリスの姿さえをも、感動的な作品に昇華させた作家の想像力と創造力に感嘆しながら、何度もそのかわいらしさに包まれたくなるような作品である。

熊谷めぐみ|ヴィクトリア朝文学研究者 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』からシャーロック・ホームズにたどり着き、大学でチャールズ・ディケンズの『互いの友』と運命の出会い。ヴィクトリア朝文学を中心としたイギリス文学の面白さに魅了される。会社員を経て大学院へ進み、現在はディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。モーヴ街5番地、チャールズ・ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室「サティス荘」の管理人の一人。
Twitter|@lond_me

影山多栄子|人形作家 →Blog  

山吉由利子(球体関節人形)、宮崎優人(市松人形)に人形制作を学ぶ。石粉粘土と布を中心に様々な素材を使い、ひとりひとり違うお話を感じさせるような可愛らしさと不思議さを持った人形作りを心がけています。[個展]2003年 「うきわ」ギャラリー古桑庵、2004年 「まくら」ギャラリーNonc Platz。以後数年おきに個展を開催。ほか企画展、グループ展など多数。2007年創作人形専門誌「Doll Forum Japan 49号」表紙掲載。2018年 作品集「遠くをみている」発行。



作家名|影山多栄子
作品名|アリシア姫

石粉粘土(肩まで)・アクリル絵具・布・ポリエステル綿・ガラスペレットほか
布人形(高さ6.8cm)付属
作品サイズ|身長25cm/座高14.5cm
制作年|2022年(新作)
*オンラインショップに別ショット画像を掲載しています

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