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熊谷めぐみ & 須川まきこ|ART & ESSAY《8》|かろやかに解きはなたれて
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ユダヤ王ヘロデの王宮。ヘロデ王の妻ヘロデアの娘であるユダヤの王女サロメは、その美貌のために義父であるヘロデから絶えず邪な眼を向けられている。ヘロデが重用する予言者ヨカナーンに魅了されたサロメは彼の赤い唇に口づけしたいと切望する。ヘロデはサロメに自分のために舞を踊るよう所望し、彼女が望む褒美を与えると約束する。踊りを終えたサロメが求めたものは、銀の皿の上にのった預言者ヨカナーンの首であった。
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『サロメ』はオスカー・ワイルドが新約聖書から着想を得て書いた一幕劇である。兄を亡き者にすることで、王の座と兄の妻であったヘロデアを手に入れたヘロデの宮殿では、血と頽廃の不穏な空気が人々を脅かしている。上空から眺める月もどこか恐ろしく、何かが起こる予感に満ちている。
ヘロデアの娘であるサロメは、ヘロデが怖れる預言者ヨカナーンの声に興味を持つ。その姿を目にしたいという欲求に駆られ、若いシリア人の隊長を誘惑して、ヨカナーンを水溜めの中から引き出させることに成功する。ヨカナーンを見たサロメは、彼に強く拒絶されたにも関わらず、ヨカナーンを欲する強い衝動に襲われる。
宴の場でどんな褒美でも出すという王に舞を求められたサロメは、七つのヴェールの舞を見事に踊り、その見返りに皿の上にのったヨカナーンの首を要求する。王の説得もむなしく、サロメの願いはかなえられるのだった。その命と引き換えにして。
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今宵のサロメ王女はなんと美しいことだろう!
サロメはこれまでも様々な芸術の題材となってきた。ヨカナーンの首が欲しいと言って、彼を殺害させ、その首に口づけるサロメは、美しさで男を翻弄する恐ろしい運命の女として、表現されることが多かった。
だが、須川まきこが生み出したサロメはどうだろうか。こんなに楽し気でポップなサロメは見たことがない。首を刎ねられた皿の上のヨカナーンさえも、サロメと一緒に踊っているかのようだ。ヨカナーンが首をかしげているのはリズムに乗っているからだろうか。
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もう一つの皿の上には、長い髪を豊かに垂らし、こちらを魅了するアンニュイでコケティッシュな女性の姿。ピンと伸びた脚、手にするウサギちゃんもあいまって、妖しくもキュートな踊りを私たちに見せてくれている。
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そして作品中央では、繊細なヴェールを身にまとい、妖艶な魅力を放つサロメがこちらを見つめている。目元のほくろ、少し開いた唇が妖しくこちらを誘っている。その姿はエロティックで、見る者を誘惑する。
だが、彼女の真の魅力は、その明るさだろう。サロメだけでなく、作品全体を包む、独特の明るさとあたたかさ。サロメという女性を、そして作品をまったく異なる切り口から捉え直すかのような、目を見張る新解釈。それは見る者を純粋に楽しく、前向きな気持ちにさえさせてくれる。
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作品全体にナンセンスとユーモアが散りばめられているのも異色である。魅了されるだけではなく、一緒に踊り出したくなる。須川まきこが描き出したのは、好きにならずにはいられない、愛らしさと妖艶さをたたえた、まったく新しいサロメ像である。
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私のために踊ってくれ、サロメ。
『サロメ』の劇において、もっとも目を引く場面の一つが、ヘロデ王の求めに応じて、サロメが七つのヴェールの舞を踊る場面だろう。観客はサロメの言葉から、彼女が七つのヴェールの舞を踊ることを知る。
奴隷たちが香料と七つのヴェールを持ってきて、私のサンダルを脱がせてくれるのを待っているのです。
しかし、ワイルドは肝心のその踊りについては、「サロメが七つのヴェールの舞を踊る」というト書きに留めており、彼女の舞を具体的に説明してはいない。そのため、この場面は様々な解釈を許容し、想像の余地を残している。
須川まきこが七つのヴェールの舞を題材に描いたのは、豪奢で繊細なヴェールをまとい、浮遊する天女のようにかろやかに舞い踊るサロメの姿である。伸びやかな肢体が躍動し、見る者の目をくぎ付けにする。サロメは今、解き放たれて、誰よりも自由を謳歌しているのだろう。
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宮殿には死の天使の羽ばたきの音が満ちている。しかし、ヨカナーンの首をのせた皿を掲げて、サロメを応援するかのように見つめる天使は、死というより生命を体現しているかのようである。
ヨカナーンはもはやもう一人のサロメである。二人は髪型や顔だちを共有するだけでなく、サロメが躍る舞さえも一緒に踊っているかのようだ。サロメはヨカナーンの姿に本当の自分が求める姿を見出したのかもしれない。
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サロメが舞う七つのヴェールの踊りは、褒美として差し出されるヨカナーンと、その首に口づけすることで処刑されるサロメ、二人の死を直接的に招くものである。しかし、作家は作品の持つ暗い側面に引きずられることなく、死の直前にこそ、強く放たれたであろう生命の輝きそのものに注目し、明るい筆致で描き出した。
この晩、たしかに人々は七つのヴェールの舞に魅了されただろう。そして、その瞬間はもっとも死とかけ離れたものであったはずだ。身体いっぱいに表現しながら踊りを披露するサロメは、開放感と躍動感に満ちている。
作品は銀色の額に包まれ、モーヴ色のマットが作品の持つ明るさを優しく引き立てている。サロメたちの髪の色もまた菫色で表現されているようだ。
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そう、彼女こそ、モーヴ色に包まれた、須川まきこだけが描くことのできる唯一無二のサロメである。モーヴ街に舞い降りた菫色をまとったサロメを、今宵、私たちは拍手で迎えたい。
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須川まきこ|イラストレーター →Twitter
京都造形芸術短期大学専攻科卒業後、ローマでの個展をはじめ、国内外の企画展に多数参加。紀の国トレイナートのアート祭では南部駅の駅舎に絵を描きJR西日本公認アーティスト駅長に任命。
自身も義足であり、義足のファッションショーでは衣装デザインも担当する。得意のモチーフであるランジェリーブランドとのコラボレーション展示では女性のポートレイトスタイル画も描く。画集「Lady Amputee in powder Room」「Melting」「Lace Queen」「ニーとメメ」がある。
熊谷めぐみ|ヴィクトリア朝文学研究者 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』からシャーロック・ホームズにたどり着き、大学でチャールズ・ディケンズの『互いの友』と運命の出会い。ヴィクトリア朝文学を中心としたイギリス文学の面白さに魅了される。会社員を経て大学院へ進み、現在はディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。モーヴ街5番地、チャールズ・ディケンズ&ヴィクトリア朝文化研究室「サティス荘」の管理人の一人。
Twitter|@lond_me
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作家名|須川まきこ
作品名|舞踏会の舞
ペン・アクリル絵の具・ケント紙
作品サイズ|31.2cm×22.5cm
額込みサイズ|45.5cm×38cm
制作年|2023年(新作)
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作家名|須川まきこ
作品名|舞踏会の魔法
ペン・アクリル絵の具・ケント紙
作品サイズ|29.2cm×25.5cm
額込みサイズ|45.5cm×38cm
制作年|2023年(新作)
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