会社での思い出(とばっちり編)
PMという肩書きを与えられ、真面目に働いていたころの話。
ありがたいことに提案資料の評判がよく、社長のプレゼン資料まで作成することになった。
社長という生き物は基本ワンマンなので、ただ完璧なプレゼン内容を作って渡して終わり!という訳にはいかない。社長のプレゼン資料を作成するにあたって最も大事なのは「社長自身が自分で作ったと感じる(錯覚する)ことができる」ということ。
(人に全て察して作らせておいて、少しでも自分以外の影があると嫌がるのが社長ってもんなのです。自論だけど...)
その影を消すのが、私は意外と得意だったわけなのであります。
そんなこんなで社長の担当になってしばらく経ち、すっかり信頼されてしまった頃に、ある事件が起こった。
いつものように残業していると、めずらしく社長がオフィスにやってきて「あれ、それ俺の資料?」と聞いてきた。
さ「いえ、これは別の資料ですね。」
社「あ、そうなのね。」
さ「はい!」
社「次の資料、俺が自分で作ろうかな…………(小声)」
さ「え?なんですか?」
社「さすらいさん、忙しそうだから。次の資料は俺が自分で作ろうかな。」
さ「え!!」
社「ふと思ったんだよね。俺の提案したいことは、俺が作るべき…かな…って」
さ「は、はぁ…」
社「さすらいさんの資料を真似しながら、作ろうかな。」
さ「それは全然、というか私が言えるあれでもないので、社長がそれでよければ!」
社「うん、やってみるよ。この前と似たような提案だからできると思う!」
さ「できますよ!頑張ってください!(頑張ってください?社長相手にヒラ社員のワイが?まぁいいや!)」
社「できたらメールで送るから添削してね」
さ「はい!」
なんの風の吹き回しか、自らプレゼン資料を作成すると言ってきた。
社長のプレゼン担当になってから2年ほど経っているので、「(大丈夫かな?)」とか思っていたけど、まぁ社長だし、なんか東大よりも頭のいい海外の大学出てるし!自分の仕事も減るし!と思って深く考えなかった。
これを機に仕事内容も減って、少しは楽になるかも♪と呑気に構えていた。
これからとんでもないことになるとも知らずに─
翌朝、いつも通り歯を磨きながら、出勤前のメール確認をしたら、恐ろしいメールが来ていた。
To :全社
件名:資料作成しました
各位
お疲れ様です。〇〇(社長の名前)です。
今回はこの資料で△△△会社に提案に行きますので、同行するものは内容を頭に入れておくように。
以上。
日付は夜中の3:00………
社長が夜中に自分で作った資料を全社(全ての従業員に届く一括配信アドレス、ちなみに該当社員は200人ほど)に送っていた。
「(3時!?やば、寝な〜)」と心の中のダレノガレが一瞬つっこんだが、「(な、なぜ?全社宛?あと添削してないぜ??)」の方が勝った。
そう思いながらメールに添付されていた資料をDLして確認すると、まずページ数が76枚もあり、トンマナもバラバラだった。
(こ、これは……結構ひどい出来だな…)
おそらく、夜中に気合いを入れて完成させたことに満足し、その気持ちの昂るまま全社に見て欲しくて送ったのだろう。この社長はそういう人間である。
私が社長のプレゼン資料を作っていることは周知の事実なので、「俺も作れるんだぞ!」ということを言いたかったのだろう。
(しかし、この資料のまま客先に出すのはなぁ…)
(ん……むむっ!?!!!)
なんと、そのメールに私のことが嫌いで嫌いでたまらない、社長の腰巾着&ごますり男で有名な部長が返信をしていた。
〇〇社長へ
お疲れ様です。
〇〇支店の〇〇です。
遅い時間までお疲れ様でございます。
資料共有ありがとうございます。
一点、お伺いしたいことがございます。
共有いただいた資料ですが、こちら直ちに修正が必要かと思われます。
お忙しいのでご確認されていないかと思われますが、この内容はとても承認するわけにはいきません。起承転結がなっておりません。
この件は私からさすらい社員に話をします。
社長のプレゼンを作成するということが、どれだけ大事なことか、彼女はわかっていないようですので。
このような手間をかけさせてしまい、申し訳ないのですが、一旦私に彼女の指導をお任せ出来ませんでしょうか?本日中には手直しさせますので。
以上、ご確認のほどよろしくお願いいたします。
社長の腰巾着が、今回の資料も私が作ったと勘違いして、私をサゲて自分の株をアゲようという魂胆丸見えの返信をしていた。
私は絶句した。
かなり面倒なことが…社会人としてかなり面倒なことが目の前で行われている。
部長のその勘違いメールに対して、社長からの返信はなかった。
急いで出社すると、社内はその話題で持ちきりだった。
同僚は全てをわかっていたので、「部長の勘違いメール、やばかったね」と言ってくれた。わかる人にはあれが私が作ったものではないとわかるのだ。
(腰巾着から電話がかかってきたら「あれ、社長自身が作成されました。」って言ってやろう。)
さっきまで慌てていたが、私に非はないし。なんなら変に楽しくなってきて、同僚とニヒニヒ笑っていた。(腰巾着は社長以外からは嫌われていたので)
すると、その時!メールに対して社長から返信がきた。
同僚「お!社長からキター!………エェッ!!!!!!」
とんでもないことがそこには書いてあった。
(以下、原文まま)
To :全社
件名:資料よろしくお願いします
各位
さすらいさんに作成をお願いしました。
以上
エッ......!?!!!!!???!!
ああ、あああ……
社長に売られたッ………………!!!!!
頑張って作った資料を貶された社長は、完全に心を閉じてしまい、私のせいにしてその記憶ごと葬り去ることを決めたのだった。
同僚が「あの野郎!!」と言った。
私は真っ白な頭の中で(あの野郎!って漫画みたいなセリフだな…ハハ…)とか思っていた。
その後、腰巾着からの意気揚々とした説教を死んだ脳で聞き、資料を作り直した。
実は社長が作成すると言い出した時点で、資料はほぼ完成していたので、作り直しの時間は掛からなかったが、社長に対して完全に落胆していた。
この時ばかりは会社を辞めようかと思った。
それから数日後、怒りもやっと落ち着いた頃に社長に呼び出された。
社長室に入ると、椅子に座ったまま片手を上げて「あ…お疲れ様〜…」と挨拶してきた。多少の申し訳なさはあるようだ。
さ「ご用件はなんでしょうか。」
社「あの〜ごめんね…」
さ「あれは流石に…落ち込みました。」
社「うん…そうだよね…」
さ「私自身の株が下がったことが、一番不愉快でした。」
社「うん…うん…」
さ「まぁでもいいです。所詮使いっぱしりなので」
社「…………..」
自分でも想像以上に怒っていた。ここまで言うつもりなかったのに。社長相手に強い言葉を遣っていた。
私は立ったまま、下を向いて社長が話し出すのを待っていた。
腕時計を見て、「(10分経ってもこのままだったら、もう出よう)」と思い黙っていると社長が誰かに電話をかけた。
社「あ〜俺だけど、あの、この前の資料なんだけど。あれ、作ったの…俺なんだよね。そうそう。うん。で、自分でできると思ってやったら、まぁご指摘いただいた通りの出来で…うん。だからさすらいさんが作ったやつではないんだよね。そうそう。その後、作り直したのは彼女なんだけど、夜中に送ったのは俺で、それで普通に気まずくて。うん、そう。なんかもういいやと思って。さすらいさんが作ったことにしようとして逃げたのね。そう言うことだから彼女悪くないから…うん。」
そう言って電話を切った。
受話器を置いた社長が立ち上がり、私の前にきた。
社「今と同じ内容をこれから部長に言うから。それでなんとか許してくれないかな。今度から自分で作って絶対に君に添削してもらうから。忙しい時は、そのままお願いするかもだけど、もう絶対なすりつけたりしないから。すみませんでした。」
ちゃんと反省している目をしていた。
さ「(ん??…待って、今誰にかけてたの?……)」
社「ん?いいかな?」
さ「あ、いえ、わかりました。こちらもなんかすみませんでした。え、今は誰に電話かけたんですか?部長ですか?」
社「いや、だからさっき電話で言ったことを、これから部長に言うから。なんか変えて欲しいところあった??」
さ「いや、それはないんですが、では先ほどは誰にかけたのかなと…」
社「ん、177だけど」
さ「エッ!!!い、177!?!!?」
社「そうだけど、やらない?電話の練習で」
さ「あ、いや初めて知りました…」
社「便利だよ。」
さ「は、はい。」
電話の練習で177に電話?天気予報を聞きながら、さっきの会話を???
(普通の人はしない………俺が普通だから?????)
(社長界では常識?帝王学で教わるの?????????)
人の上に立つ人間との違いを、まざまざと見せつけられた。
もはやどうでも良くなり、普通におもしろすぎたので、全てを許した。
その後、ちゃんと目の前で腰巾着にも電話をしてくれた。
社長のこういった話は山のようにあるのだけど、電話の練習で177を使うというのが、あり得なさすぎて今でもたまに思い出して戦慄したりなどしている。
在宅で一人で仕事するようになってしばらく経ちますが、こういう珍事件はやはり会社に出向いてないと経験できないので、たまーにだったら味わいたいないと思っています。
(実際味わったら、死ぬほど嫌だろうけど♪)