光の街
池尻大橋駅の地上出口付近が通学路だった。
国道246号線とクロスする目黒川の橋の上を歩いて、高校に通った。スーパーマルショウ手前の橋に立つ。南には有名な桜並木、北西には三宿の住宅街。その場所から見えるのはなんでもない街の風景だったが、なぜだか私の心を惹きつけた。
下校時、午後四時くらいに橋の西側に見えるのは、水色やうすオレンジの色彩が棚引く空。遠くのマンションや公園の木々が、ホワイトアウトしそうなまばゆい背景の中でノスタルジックに輝いて見えたものだった。
あの街に住む人々は、明るい光の中で、まるで天国の住人みたいに悩みなく…或いはMr.Childrenのプロモーションビデオのように、刹那の美しさを感じながら、幸せな生活をしてるんじゃないか。漠然とそう感じていた。
ある時そんな話をしてみたら、同じ通学路を使う2歳下の弟も同じように見えてたみたいだった。
高校3年の夏休み、親が離婚して引っ越すことになった。行き先はまばゆい光の中のあの街だった。
越してみたらなんてことはない、普通の、いや、むしろ我々の新居は日の当たらない陰鬱なアパートだった。カビが生えてジメジメした、鼠の出る古い家だ。駅からは徒歩13分で微妙に遠かった。
住めば都という言葉がある。窓から小川と小さな橋、かるがもの親子が見えたりして、なかなか良かった。なのでその家が嫌いでしかたがない、という訳でもなかったが…。少なくとも、よそから見て美しい街だったとしても、そこには当たり前の生活があり、鬱々とした気分の登校も、サボりたくなる出勤も、霧が晴れるように楽しくなるわけではなかったようだ。
同じような思いで、
祖母の住む松山の街を見ていた。こんなのどかで脳天気な街には、嫌なやつなんかおらんのだろう。とか訳のわからないことを考えていた。
また同じようなオアシス味を、青森の野辺地を通りかかった時の、雨上がりの夏空と高校生たちに感じたこともあった。
しかし、どこの街も本当のオアシスなどではなく、そこにはしがらみに囚われながら毎日を生きる人々がいるのであった。