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山小屋物語 5話 料理長がやってくる

その日は朝から、厨房の皆がそわそわしていた。
なっちゃん「今日は、料理長のナミちゃんが登って来るからね・・・いろいろちゃんとしておかなきゃ」

り、料理長?厨房は全員バイトなのに、料理長なんていう役職があるのか?

今年二年目で既に女将のような貫禄のなっちゃんが、緊張しているのだから、余程厳しいひとなのだろう。

私「なんでナミさんは料理長って呼ばれてるんですか?」

なっちゃん「なんでって、料理する人だからよ。料理がうまいの、プロだから。」

私「へえー?!」

ふと厨房の外を見れば、大工の桃さん(かわいい名前だけど男)も売店のスツールの上で足の爪を切りながら、そわそわしている。
「ナミちゃん来るんかぁー(苦笑)」
若干うれしそうである。

昼過ぎ、小屋の入口の引戸がカラカラ開き、1人の女性が入ってきた。霧で濡れそぼったウインドブレーカーのフードを上げると、金髪のウルフカットと、耳にずらりと並んだピアスが見えた。

「「ナミ!!!会いたかったー!!!」」
明奈さんとなっちゃんが、その女性に抱きついた。

桃さんも、抱きつきこそしないが、へらへらしている。

あの人が、料理長のナミさん。ごくり・・・固唾を飲む。5人の新人たちは、おそるおそる遠巻きに、感動の再会を見ていた。

しばらくして、料理長が厨房に入ってきた。
「初めまして、ナミです」
さっぱりした口調。
登山の装備を全部脱ぐと、小柄で華奢なひとだった。ダメージジーンズを履き、ブリーチした髪にお洒落なバンダナを巻き、ペンダントとブレスレット、山の上だというのに薄くメイクまでしている。

そしてオーラが凄かった。よく研がれた包丁のような、隙のなさ。

普段は学校の栄養士をしているということで、
確かに料理のプロ。腕前も厨房一だった。

その日から新人たちは遠慮して、「ナス味噌炒め」「けんちん汁」「麻婆豆腐」などの我が家定番の賄いの調理を、なんとなく全てナミさんに譲ってしまった。

彼女が作れば間違いなく美味しいし、手際もいいし、親父さんや番頭さんも「さすが料理長」と喜んだ。

数日後、私が昼御飯のために大鍋でコンビーフ炒めを作ろうとして、ナミさんと目があった。

「あっあの、作りますか?!コンビーフ炒め・・・(オドオド)私なんかよりナミさん作った方がうまいし・・・(キョドキョド)」

ナミさんがはあ?という顔をして言った。
「この前からさ、なんで私ばっかり作ってんの?あんたたち新人、ちゃんと仕事しなさいよ」

正論であった・・・。

しょぼーんとなりながら、なんとか野菜を切り、コンビーフと炒めた。私が作った大鍋料理は、思い切りが悪く、野菜が生焼けだったり、味が薄かったり濃かったりした。

うまい人にずっと作ってもらっても、下手なやつがうまくならないんだ。という超当たり前のことを学んだのだった。

☆☆☆

週にいっぺん位、「新厨房」という当番があった。

女の子の中から二人、いつもの厨房と離れたところにある新厨房に一日籠る。2升の圧力釜2台と、釜飯湯煎機をフル回転して、米をひたすら炊き、釜飯を湯煎するという、熱気と湯気にまみれた仕事だった。

新人はベテランと組むことが多かった。
その日の私のペアの相手はというと・・・やはり料理長だった。
めちゃくちゃ厳しい人、というイメージだったので、ミスの多い私は胃痙攣を起こしそうになりながら、当番の朝、新厨房に向かった。

六畳ほどの広さの新厨房に二人だけ。ドジを踏んだらどんな叱責が飛んで来るか・・・血を吐いたなんとかさんも、誰の目も届かない新厨房でいびられたって聞くし・・・と、ビクビクしながら、米を量り、研ぐ。巨大な釜にネットを敷き込み、米を入れる。

その水加減がまた難しいのだ。ひしゃくに水を表面張力で2杯。(誰が考えたんだ、表面張力で2杯って。他に適当なスケールなかったんか)

一滴もこぼしてはいけない。プルプルしながら水道と釜の間を2往復する。

緊張すればするほど手が震える。

じょー

「あ」

ナミさんが言った。
「あーあ、あっこちゃん、いけないんだー」

振り向くと完全にいたずらっ子の顔のナミさんが笑っていた。

その後は22升の米を炊きながら、ずっと湯気の中。
もちろんミスも連発し、その度に厳しくツッコまれながら、

「ねえねえ 好きな番頭さんいないの?」
「大学でなに勉強してんの?将来何になりたいの?」

など、世間話に花が咲いた。

「あっこちゃん来年成人式なの?着物着たいの?ふーん、私なんて、式当日寝坊して、リクルートスーツ来て、原付で慌てて会場行ったわ」

彼女も三人兄弟の真ん中っ子、私と同じだった。

何故かは分からない。新厨房はたのしかった。

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