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#43 ただただ、嬉しい。美味しいと言ってくれる。ほほえんでくれる。ましてやおかわりしてくれる。

こんにちはさすらい食堂です。

地震発生から10日。ようやく、少しづつだけど被災された方々の生活環境がととのってきていることを感じています。整ってきているというか安定してきているという表現が的確かもしれない。

その理由としては自分が金沢入りした時(6日)は食料を集めることに必死だったり、それをどこにニーズがあるのかを情報収集することに必死だったりしていたことが、とりあえず命をつなぎとめるために食料を口にして寝床を確保して暖をとれるようにしてというフェーズから、この後どういう場所に仮住まいをするか、失ってしまった仕事の替りにどこで仕事をするのか、銀行でローンの支払いをストップできるかの交渉をしたりされている様子を直に感じている。

※これはあくまでも、私が滞在している施設に於いて。

震源地に近い輪島や珠洲ではまだまだ復旧の目途が立たず、水や電気などのライフラインが不安定な中で必死に命をつなぎとめようとしている方々もいるとのこと。

七尾から珠洲の道路状況もひどいらしい。
通常の数倍の時間がかかる。その原因は被害を受けた路面に加えて大渋滞。

本当に必要な物資が必要なところにタイムリーに届かない状況になっていることはとても残念でならない。

だから私は「行かない」ことが支援でもあると思うから行かない決断をした。



あと、これ重要だと思う。割と重要。

モノはいいから金をくれ。


何か手伝ってあげないと!と思って現地に行くのも必要なスキルをもって必要とされている場所にタイムリーに行けるのであれば現地に行くことで助けになると思う。

ただ、スキルもないのにとりあえず現地へ!というのは邪魔でしかないと思う。よかれと思ってガシガシいろんな事をする人もいるけど正直ありがた迷惑。いやありがたですらなくシンプルに迷惑。いや、大迷惑。

現に渋滞してるしね。

あと、安かろう悪かろうの品を送ってこられてもちょっと困るというのが現状だと思う。正直、なんとかお腹を満たそうというフェーズはある程度状況が安定してくると美味しいものが食べたくなる。寒さをしのがないと凍え死んでしまうから何か着るものを!というフェーズも乗り越えると自分の好みに合った服を着たいものだから。

被災者もそれまでは自分のライフスタイルがあって、その感性の中で生活されてきた人間ですからね。

そういった方々に、今がチャンス!と言わんばかりに家に眠っている古着を送り付けるのはちょっとどうかとも思う。

あと、物が増えると移動が大変。

私自身はバックパッカーをしていて必要最低限しか持たないようにしているからなおさらわかる。車があったとしてもキャパは限られているなかで不要なものを大量に積むわけにはいかない。

宿などの各拠点も倉庫機能として存在するわけではないから、不用品を大量にストックできるわけでもない。

そういった現状を知ると、最低限の物が充足して生活環境が安定している人たちには物よりもお金ほうが格段に有難いと思う。銀行に預けておけばかさばらないし必要な時におろせるしネットバンクで送金だってできる。

仕事がなくなった方にとっては、今後の生活の足しにしたいでしょうし、ローンを組んでいる方にとっては、新しいローンを組んだら多重債務になるわけで。

被災者が「ものより金をくれ!」と声を大にして言いづらいと思う。
だからこそ第三者が声を大にして「現場にヘルプに行くより義援金!」
「ものを送るよりも義援金!」という事を発信していってもいいんじゃないかなと思う。

そこで課題だと思うのはタイムリーに必要な人たちに必要な額をお届けすることですね。役所や団体に義援金をおくったとしても時間はかかるし、優先順位がどうのこうのとか、公平性がどうのこうのという事で時間がかかって仕方がないんじゃないかな。

どうやって義援金を個々のニーズに合わせてお届けするか。
これは解決できる方法を今後探っていきたいな。

と、そんなことを思う2024年1月10日の夜。

そんな事を考えている今日は、昨日のカレーに続いてシチューをつくり、能登地震で被災された方々にお召し上がりいただきました。

美味しい!とほほえんでくれたり、おかわりしてくれるこども達の姿を見せてもらえるだけでありがたい。嬉しいね。


さて、明日は卵がいっぱいあるので天津飯にしようと思います。


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