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『ようこそ!FACTへ』3巻の感想の追記の追記。っていうか答えの無い独り言。カルトってなんだろね。「自分の人生を生きる」ってなんだろね。

先生が見せてくる映画が『マトリックス』と『ゼイリブ』で、どっちも「俺だけが…!」という救世主であり英雄でありの「ザ•ワン」の話であって、作中でも渡辺くんはそう思うように誘導されてるし、そこに確かに生の充実を感じているわけだけども。
そこで「俺はたったひとりの俺なんだ!」「英雄なんだ勇者なんだヒーローなんだ!」という『選ばれし者』としての英雄的思考で気持ち良くなっちゃう。まるで酔っぱらってるみたいに。それは確かに滑稽にも見えるけども。
でもこういうカルトの人達が突いてくるのってその「気持ち良くなっちゃった」という自分の欲望の成就の部分だけじゃなかったりするじゃない。
自分が凄く嫌だなと感じるのは

「英雄である君」が、
「君だけにしか出来ない英雄的行為」を、
「しなかった場合」、
どうなると思う?

 という点をついてくるとこ。
「君は『ザ•ワン』なんだ」「だから君はそれをする責任があるんだ」「だってそれは、君しか出来ない事なのだから」っていう。 
いつの間にか「それが出来るのは君だけなのにやらないつもりなのか?」という「運命から逃げるな!」という説教にすりかわる。
元はそっちが勝手に言い出したことなのに。
でもこういう台詞ってそれこそ映画でいえばモーフィアスとかヨーダみたいな、主人公を導く「メンター」的な立場の人間がすっごく言いそうな台詞なわけで。
そして映画やドラマの中で、そういう台詞を最終的に拒絶する主人公なんていないわけで。
見方を変えりゃ強迫みたいな台詞の筈なのに。でもそんな台詞の通りに行動して「世界を救う主人公」達の物語を自分達は幾つも見てるわけじゃないですか。
だからこそ、彼らの言葉を真剣に聞いて、悩んで、挫けそうにもなったりして、でも最後には勇気を振り絞って立ち上がる。

 そんな人をやっぱり笑えないんですよね。

 結果、その人が物凄い間違いをしでかしたとしても。

もしかしたらそれは、何千人も殺すテロ行為かもしれない。
もしかしたらそれは、うんこ漏らしながら全裸で走り回るような世界中から笑われるマヌケな行為かもしれない。

でもやっぱり笑えない。

人生を変えたいなんてみんな願ってるわけじゃないですか。
だからそういう映画や物語が世の中に溢れまくってるわけで。
ただその機会が自分には巡ってこないだけで。
でも「その機会」がいきなり目の前に現れて、しかも耳元で「これがあなたにとっての最後の機会です」と囁かれる。
「頑張れ」「勇気を出せ」「人生を変えろ」「正しいことをするんだ」「そうすれば君は英雄だ」「たったひとりの『選ばれし者』になれるんだ」
そんなん言われたらさ、乗るって。
 
笑えないよ。
そして怖いよ。
自分なら大丈夫なんて一切思えない。

『自分の人生の主人公として誇れる今を生きるんだ』

それって色んな物語で「いいこと」として言われる結論じゃん。
そんなの抗えねえよなぁと思う。


小さな新聞記事や見出しだけみたいなネットニュースで「おかしな間違い」をしでかしてるような人も、そういう思考の末かもしれないとか考えちゃうんですよねえ。

ただ「自分の人生の主人公」として生きたかっただけなのかもしれない。

追記。
ちょっと違うかもしれないけど思い出した話として(ちょい気持ち悪い話が含まれますが)

最近読んだ平山夢明の短編小説で『あむんぜん』の中に入ってる『千々石ミゲルと殺し屋バイブ』って話がありまして。
その中で主人公である女の子は借金が膨らんだ結果ヤクザから「ウンゲロ」に参加しろって言われるわけです。
で、「ウンゲロ」って何かというと、まぁ単刀直入に言えばスカトロで、「謎の金持ち達の前でウンコを食え」って話で。
で、当然主人公は食べられないんだけど、その時に食べさせようとしてる金持ちが主人公に言う台詞が「頑張れ」「勇気を出せ」「自分で人生を変えるんだ」って台詞なんですよ。

その光景がまぁおぞましくって。

勿論背景にはヤクザの暴力をちらつかせながら、まるで「いいこと」みたいに主人公に強要する。
次第にその「いいこと」な説教は拡大されて「勇気を出して自分から人生を変えようとできない君はダメな人間だよ」という方向になっていく。
自分がダメな人間だと思っている主人公は「そうなのかな…」と思い始める。

本当は金持ち連中がただ「女がうんこを食ってるとこ」を見たいだけなのに。

その吐き気がするようなおぞましさをちょっと思い出したりしました。
上から人をコントロールしようとする人間は、平気で「いい台詞」を自分達の都合のいいように使う。
言葉自体が汚されることなんて一切気にしない。
それはやっぱりこええと思うし、昔から変わらずあることなんだなとも思う。
たまらんねえ。嫌だねえ。

まぁその小説に出てくる金持ちは明確に「いい台詞」なんて信じてないし、たぶん腹の底からバカにして利用してるだけなんですが。
でも『ようこそ!FACTへ』の先生は、それとはちょっと違うとも思う。
まだ結論は出てないけど、あの人はあの人で「いい台詞を信じてみたい人」なんじゃないかなぁと思うんです。
でも気取っているのは小賢しいリアリストだから、信じきる程バカにもなれなくて、他人に委ねてるだけ。
そのどっちにもなれない感じに悲哀を感じる。
せめてクソみたいな悪人になれたらまだ楽なのに。
まぁ最終巻出てみないとどうなるかはまだわからないですけど。

やっぱりねえ、「いい台詞」は信じてみたいと思うじゃない。
そして全部疑って全部拒絶するだけなのもそれはそれで思考停止で違うじゃない。
「いい台詞」が確かに響く人生だってある筈じゃない。

だからまぁたまらんねえなあという話で。
結論も何もなくて申し訳ないんですけども。

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