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ショートショート『夏の日とわたしとリボン』さしすマガジン令和7年2月号④【月イチ企画】
月イチ企画2月号、トリを飾らせてもらう陸離なぎです。
久々の小説を書く企画なので緊張しましたが、なんとか描き切ることができました!
それでは、よろしくどうぞ~。
本文
『夏の日とわたしとリボン』
夏の朝早く、それも平日の、昼間にお仕事の人はまだ家にいて、夜勤だった人はまだ帰ってこないこの時間帯がわたしは好きだ。
普通なら、中学生のわたしが薄暗いこの時間に外に出るのはパパたちに良い顔されないかもしれない。でもわたしにはこの子がいる。
体高がわたしの腰ぐらいある、ゴールデンレトリバーのオス、リボンだ。
「わんっ!」
リボンはわたしと目が合うと、嬉しそうに吠える。
わたしが五歳の時に、お兄ちゃんが世話をするからとママと約束して我が家にやってきた。当のお兄ちゃんは今頃、ぐーぐー眠っているだろうけれど、静かな町の空気を独り占めできると思うと悪くない。
「わおん」
そうだね。独り占めじゃなくて一人と一匹占めだね。
町内を一周して家に帰る頃には日が昇っていて、朝、になっている。
玄関でリボンのリードを外して足を拭く。
覗き込むと私の顔が映り込む大きな目が、早朝の街の次に好きだ。
廊下の奥のリビングの扉が空き、黒いぼさぼさ頭に青いパジャマのお兄ちゃんが顔を出す。
「おー、おはよ、萌(もえ)、リボン」
「おは……」
「わんっ! わっわんっ!」
リボンはわたしの横をすり抜けてお兄ちゃんに駆け寄ると、足元でお座りをし、尻尾が取れるんじゃないかというくらいをぶんぶん振りだす。
「おー、リボン。よしよし、ごはんか?」
「わんっ!」
お兄ちゃんはリボンの頭をなでるとリビングに戻り、リボンはわたしに見向きもせずにお兄ちゃんについていった。
毎日散歩に行ってるのはわたしなのに、エサをあげているだけのお兄ちゃんの方がリボンに懐かれているのは少し気に食わないけれど、きっと苦情を言っても、
「わふん!」
と適当に返事するだけだろう。
なんだかなぁ、と思いながらリビングに行き、リボンをなでようとしていたお兄ちゃんの手を取ってわたしの頭に乗せ、撫でてもらった。
ふふん。
してやったり、と視線を送ったけれど、リボンはエサを食べるのに夢中だった。
負けた気がして、お兄ちゃんに追加で撫でてもらった。
それが昨日のことだった。
今朝になってリボンはすごくぐったりしていた。
意識はあるけれど元気がないみたいで、わたしはパパとママとお兄ちゃんを大慌てで起こし、車を出してもらって動物病院に連れて行き、検査入院をすることになった。
「リボン」
わたしの声にリボンは少し反応するけれど、こちらは向かない。
怖い病気かも。
もしかしたら、リボンとお別れ?
嫌な考えが浮かんで不安になり、泣きそうになりながらリボンの顔の前に身体を運んだ。
「リボン、がんばってね」
最後の別れ際、リボンの瞳に映る私の顔が、もう二度と見られないと思うと、心が張り裂けそうだった。
次の日の夕方、病院から電話があり、運転のできるパパが仕事で居ないので、わたしとお兄ちゃん、ママの三人は、電車で隣駅の病院に向かった。
ギラギラとアスファルトを照らす日差しはとても眩しく、暑くて、何もしていなくても掻いてしまう汗が背中を伝う。その嫌な感覚に、なにか取り返しのつかないことが起きているような謎の焦りが湧いていた。。
病院からの帰り、お母さんはお父さんの仕事が終わってから迎えに来てもらうため、私とお兄ちゃんは先に帰ることにした。
そのため、帰宅ラッシュに巻き込まれてしまった。
ドアの横の空間でお兄ちゃんは、わたしが押しつぶされないように守ってくれている。そのためお兄ちゃんの顔がすぐ近くにあり、泣きすぎて目の腫れている顔を見られたくなくて顔を背けた。
お兄ちゃんはそんなわたしを抱き寄せて、顔を隠してくれる。その優しさに涙腺が緩み、もう一度泣きそうになる。
だけど。
満員電車の中で、不意にリボンの顔が浮かび、思わず笑ってしまった。
「食べ過ぎによる便秘ですね」
真面目な顔でそういう先生の横で「お腹空いた」とでも言わんばかりの、あの顔を。
病院では、何もなくてよかったと大泣きしたけれど、今はあの涙を返して欲しい。
お兄ちゃんの胸の中で、そう思っていた。
※
あの夏の日の夕焼け空は、今でもわたしの心に焼き付いていて、時々、リボンのことを思い出してしまう。
それは授業中でも、だ。
思わず笑ってしまうので少し困っている。
幸せな悩み、というやつだ。
《夏の日とわたしとリボン・終》
さしす文庫 note月イチ企画
令和7年2月号:AIお題ショートショート
『夏の日とわたしとリボン』
作:陸離なぎ
お題
・「最後の別れ際、君の瞳に移る私の顔が、もう二度と見られないと思うと、心が張り裂けそうだった。」
・「満員電車の中で、不意に君の顔が浮かび、思わず笑ってしまった。」
・あの夏の日の夕焼け空は、今でも私の心に焼き付いていて、時々、君のことを思い出してしまう。」