見出し画像

【ショートショート】吾輩は


吾輩は猫である。名前はまだない。

確か夏目漱石?だったっけ。
頭が無さすぎてこれくらいしか思い出せない。
もう少し勉強しておけば良かった。

まぁ今更遅いか。

そう思って大きな欠伸をひとつ。




俺は「猫」らしい。



気がついたのは今日の朝のことだ。
目が覚めるとやけに体が軽い。やけに柔らかく、やけに体が伸びるようになっていた。安月給のオンボロアパートには洗面台はおろか鏡すらない。顔が確認出来れば何よりなのだが。ただ視界には、どう見ても昨日までの手とは違う、可愛げのある猫の手が映る。

あぁ。やはり俺は「猫」らしい。

この状況を理解してひとつ欠伸をするまで、そう時間はかからなかった。昨日まで人間だった俺は、夜23時くらいに仕事から帰って、コンビニの焼肉弁当を平らげ...あまり覚えていない。目の前の惨状を見る限り、寝落ちしたんだろう。それでまぁどういう訳か「猫」になっていたと。

どういう訳だ。まったく。

もちろん携帯は反応しない。画面が付いたところで顔認証が出来ないのだ。無能め。
昨日まで小さかったものが全て目の前に立ち塞がる。まるで小人の気分だ。
いや、もう人でもないのか。

今は何時だろう。
カーテンの向こうは明るい。朝方であることは間違いなさそうだ。
そう思い時計を眺める。ここで気づいた。

文字が読めない。

読めないというか、なんだろう。
文字ってなんだ?
「猫」になった影響だろうか。頭ではこのように考えていても文字が理解できなくなっていた。
思ったよりも「猫」らしい。

とりあえず何しようか。腹が減ったな。
恐らく人間のタベモノは食えんだろうし、なにより冷....れいぞ......タベモノを貯める箱が開くわけない。

腹が減った。頭がぼーっとしている。
考えすぎたか。
少しだけ寝よう。少しだけ。


どれくらいジカンがたったろう。
扉の開く音で目が覚めた。

「タダイマ、オナカスイタダロウ」

誰だ?誰かが入ってきた。
自分のことを「オレ」というこの人間は、そう言ってなにか袋の中を探っていた。

出てきたのは「猫」の顔がついたタベモノだった。
とりあえず食うか。美味そうだし。
あぁ、やっと頭が回ってきた。はっきりしてきたぞ。そう思いながら辺りを見渡し、この人間のことを見つめた。


その人間はオレの服を着ていた。

服?とやらがもう何かも分からないが、とにかく昨日のオレだったような気がする。訳が分からない。

「どうだ?美味いか?お前と同じ顔の食いもん持ってきたんだ。食べれるだろ?」

人間は語りかける。
どうして言葉が理解できるんだ?ふと疑問に思った。声も、喋り方も、見た目も。確かに昨日までのオレだ。

こいつは....俺か?

じゃあ....俺はなんだ?

「俺もよくわかんねぇんだ。昨日お前に拾われて、寝て起きたらお前になっていた。この体はすげぇよ。頭も痛いくらいよく回るし、見上げてたヤツらと話もできちまう。」

そう人間は言うと、オレの頭を撫でた。
どういうことだ。こいつの話が正しければ、俺は、俺たちは寝てる間に入れ替わったらしい。

一生このまま?

怖くて声も出せない。
いやだ。いやだ。こわい。こわい。

震える体から声を絞り出す。

グルグルグルグル。


グルグルグルグル。



にゃーん。

ただ、喉を鳴らすだけだった。
もうこいつが何を言ってるか
分からなくなっていた。




吾輩は猫である。
名前は「   」らしい。
どこで生まれたか、とんと見当がつかない。
この部屋にずっと居たような、そんな暖かさだけが
僕の眠気を誘っていた。



【ショートショート】吾輩は

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?