刺さっているのか生えているのか、それが問題だ(パンテラ『脳殺』(1994))
メタル界には、「脳殺くんのドリルは刺さっているのか、生えているのか問題」という問題が存在する。
というか今あなたは、幸いにも、その問題の誕生の瞬間に立ち会えた、と言うべきだろう。
というか、さっきトイレで昔の BUURN! を読んでいて、この問題に気がついた。
パンテラの名盤『脳殺』(Far Beyond Driven) のジャケットに描かれた脳殺くん(さっき名付けた)は、A. 額にドリルをねじ込まれたヒトなのか。この問いはさらに分岐する。すなわち A1. まだ生きているヒトなのか、A2. しゃれこうべなのか。あるいは B. 額からツノを生やした悪魔、あるいはなんらかのクリーチャーなのか。
一見 A 一択に思えるが、ドリルが刺さっているのだとすると、ドリルと額との接地面がきれいすぎる。しゃれこうべなら割れてヒビのひとつも入っているだろうし、まだ生きている(いた)なら、何かしらの液体くらいは漏れてるはずだ。
バンド名のロゴの A と N の間に、右目から一筋の涙がこぼれているようにも見えるが、ただの隙間のようにも見える。
眼窩にドリルに焦点を合わせた瞳孔があるようにも見えるが、ただの陰のようにも見える。
しゃれこうべのように見えるが、鼻のないヒトのようにも見える。
B説、つまりツノの生えた何かしらのクリーチャーだとすると、ドリル接地面問題は氷解する。
目玉があったってなくたっていいし、鼻があったってなくたっていい。
クリーチャーは自由だ(注1)。
ただ、ツノの位置が微妙に向かって右にずれているのが居心地悪い。
とはいえ、一本角の生える位置が正確にど真ん中でなければならない、という法律はない。
イッカクのツノ(牙)など、真ん中に見せかけてけっこういい加減だ。
らちが明かないので、テキストから考察してみよう。
原題 Far Beyond Driven とは、「もっと奥まで突き抜けて」というような意味だ。「脳殺」とは「脳を殺す」という意味だ。「何が」って、もちろん「サウンドが」だ。それをドリルで具象化しているわけだ。
じゃあやっぱり頭にドリルが刺さっていると解釈するのが妥当だろうか。
ちなみにウィキペディアにはこうある。
put かよ。put じゃあ、生えてるのか刺さっているのかがわからんよ。
ちなみに skull と明記されているので、 A1 説(生きている人間説)は形勢不利に思える。次にウィキペディアの引用元を参照してみる。
バンドのドラマーによる一次証言だ。
なんとここでは with the drill in the head と言っており、刺さっているのかどうかどころか、しゃれこうべなのかどうかすらはっきりしない。
メタルミュージシャンなら「どたまにぶっ刺さしてやったぜ」くらいは言いそうなものだが、英米人って意外と奥ゆかしいのだろうか(失礼だぞ)。
さて、ここで重大な事実を伏せていたことを告白しなければならない。
ウィキペディアの引用に change 、Cover Stories からの引用に go back とあるように、実はオリジナルのアートワークがレコード会社に却下されたため、急きょ脳殺くんに差し替えられた、といういきさつがある。
そのオリジナルのアートワークとは、ここには載せたくないので説明すると、(おそらく女性の)おしりにドリルが配置されたもの。これじゃウォルマートで売ってもらえないよ、とダメ出しされたのだ。(注2)
こうしてここに新たな問題が誕生した。
「おしりにドリルが刺さっているのか、ドリル状のしっぽが生えているのか問題」である。
でももう疲れたので、この問題の解決は後世に委ねようと思う。
こうして、なんとかツノが生えていることにできないかという私のあがきは幕を閉じる(あがいていたのか)。
ちなみに冒頭にあげた脳殺くんのポートレートには、レイヨウみたいな立派なツノが生えているが、AIに「額に1本だけ」って何回注意しても中学生みたいにたくさんツノをつけたがるので、途中であきらめたものの、意外とかっこいいので採用した。
脳殺くん第2形態である(中学生はお前だ)。
注1. だとすると、クリーチャーにドリルが刺さっているという解釈も可能だが、ややこしくなるので今回は除外する(おい)。
注2. しかし今ではネットでふつうに売買されていて、その画像をあしらったTシャツも存在する。