ラーメンは偉大だ。
週末、私は彼に連れられとある集まりへ顔を出した。
半分仕事のような、趣味のような集まりなのだが、生憎私はその趣味に通じていない部外者だ。
知り合いも彼以外にはいない。
元来コミュニケーションが得意ではなく、一人を好み、孤独を嫌う、完璧主義な面がある、そんな面倒な性格をしている私は、数回顔を出したことのあるその集まりにいつまでたっても馴染めず居づらさを感じている自分が不甲斐なく、ジワジワと心が折られていった。
私はここ数回、その集まりに行くと、数時間、周辺の街を散策していた。
元々単独行動が好きで、所謂「街ブラ」が好きな私だからそれはまったく苦にはならないし、むしろそこに楽しさを見出していた。
右も左もわからぬ環境の中で、「彼の彼女」という枠に収められ、ニコニコと愛想を振りまいているより、一人気ままに、どこまでも続く道の上を歩いている方がよっぽど私にとっては気楽だった。
数日前、いつも通り街へ繰り出して一人フラフラと歩き回り、集まりへ戻ろうと思ったとき、頭の片隅で「かえりたくない」と訴える自分に気がついた。
この訴えの切実さには覚えがあった。無視してはいけないと直感的に思った。
帰り際の打ち上げに、私は参加しなかった。これ以上自分を痛めつけてはいけないと思った。
ただ、それはなかなか彼に伝えられなかった。
気質のまったく違う彼には、話しても話しても理解されないような気がしてしまっていた。
帰り道の2時間ほど、車を運転する合間に私に触れてくる彼の手を振り払い、話もせず時間だけが過ぎた。
私にとっては自分の不甲斐なさとひたすら向き合い、自己嫌悪するだけの時間だった。その自分への嫌悪感が、何故か私に彼を攻撃させた。
そんなことをしているうちに言う機会をなくしかけていた。「もうあそこへ行きたくない」と。
ふと、彼が「お腹空いてない?」と声をかけてくる。
半ば意固地になっていて、私は昼から何も口にしていなかった。思い出したかのように空腹感が私を襲い、ある食べ物が脳裏に浮かぶ。
「ラーメン」
小さくそう呟くと、「よしわかった」と車を走らす彼。
近くのラーメン店の駐車場に車を停めると、二人きりの車内に沈黙が蔓延った。
彼は
「多分疲れてるんだよ、先にラーメン食べよう、ラーメンは偉大なんだ」
といい始める。一体何のこっちゃわからないが、先に自分が何を考えているのか彼に伝えたかったから、いやだ、と更に小さな声で伝えた。
今日はどうしたの、と聞かれ、長い沈黙ののちに口が動き始める。
「もう、あそこ行きたくない」
彼が翌日早くから仕事なのに、自分の我儘で遅くまで付き合わせてしまっていることや、しきりに聞こえてくる彼の「ラーメン食べたい」の声に後押しされてもいた。
私の予想とは裏腹に、彼は「そっか、わかった」と静かに言った。
優しい手で泣きそうな私を抱きしめると、「気づけなくてごめんね」と言う。
謝りたいのはこちらだというのに。こらえていた涙が溢れ出してきた。
一頻り謝られ、慰められ、号泣した私を尻目に彼はまた言い始める。
「ラーメン食べに行こうよ」
時刻は午後9時を回った頃、本来なら彼はもう帰らなくてはならない。
自分の我儘に付き合わせてばかりなことに罪悪感を感じていた私は断ろうとしたが、自分は私とラーメンを食べたいのだ、私が食べたいと思うのなら我儘でも付き合うのが自分だと言って聞かなかった。
ラーメン店に赤い目をして入り、彼と向かい合って座る。今まで暗い場所で横並びに座っていた彼の姿が少しまぶしい。
出てきたラーメンを口に入れると、麺の熱さと絡んだスープの旨みが口内に伝わってくる。
普段から口にしているはずの何の変哲もないラーメンなのに、普段の何倍も体に染み入って、また涙が込み上げてきた。
ラーメンを食べるまで言えなかった「ごめんね」を、そのとき初めて彼に伝えることができた。
彼は平気そうな顔をして、「いいよ」と言う。「こんな面倒くさい子、自分以外じゃやってけないわ」といらぬ言葉も付け加えて。
彼なりの優しさが、ラーメンと一緒に身に染みわたっていく。時折泣きそうになりながらラーメンを完食すると、不思議と気持ちは晴れていた。
「ラーメンおいしかった?」
と問いかけてきた彼にうんと返すと、その顔は自然と笑顔になっていた。
「やっと笑ってくれたね」「ね、ラーメンって偉大でしょ」
たしかに、ラーメンは偉大だった。