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【短編小説】アキレスと不思議な亀

 アキレスは、心優しく、真面目な青年でした。村の誰よりも勤勉で努力家だった彼は、毎日村の仕事をこなしながら、沢山の勉学と鍛錬を繰り返していました。彼の夢は、この世の真理を探求することでした。

 ある日、アキレスは、山の奥に住む不思議な亀の噂を聞きました。その亀と競争して勝つと、願いを一つ叶えてもらうことが出来るのだというのです。

 アキレスは、自らの夢を叶えるため、その不思議な亀に会いに行くことを決意しました。アキレスは山を登り、不思議な亀の住む場所にたどり着きます。そこには、小さな亀が一匹、滝のそばでじっと佇んでいました。

「あなたが、願いを叶えてくれるという亀ですか?」
 アキレスが問いかけると、亀はゆっくりと頭を上げ、微笑みました。
「あはは、そんな噂が流れているのですね。私はそのような大それた存在ではありませんよ」
 やはりそんなうまい話はないか、そう思いがっくりと肩を落とすアキレスに、亀は優しく声をかけます。
「でも、あなたの求めるものの一部は授けることができるかもしれませんよ、アキレスさん」

 名乗ってもいないのに、自分の名前を呼ばれたアキレスはとても驚きました。
「どうして私の名を?」
「些細なことですよ。さ、競争してみますか?」
 きっとこの亀にはなにか底知れない秘密がある。そう感じたアキレスは、亀と競争することに決めました。

 亀は、決心した様子のアキレスに、競争のルールを説明しました。
「見ての通り、私は亀です。ゆっくりとしか走れません。ですから、あなたより先に出発させてください。百数えたのちに、今度はあなたが出発してください。あなたが私に追いつくことができれば、あなたの勝ちです」

 説明を聞いたアキレスは、困惑しました。そんなの、負けるわけがないじゃないか、と思ったからです。不思議そうな顔のアキレスに、亀は続けます。
「あなたが途中で諦めれば、私の勝ちですよ。では、始めましょう」

 亀はそういうと、アキレスの返答も待たずに、のっそのっそと走り始めました。アキレスは慌てて数を数え始めます。
 九十八、九十九、百。数え終わったアキレスが亀のほうをみると、亀はまだ目に見える距離にいました。確かに、普通の亀よりは早いのかもしれないけれど、あれではすぐ追いつけてしまうではないか、とアキレスは不思議に思いました。
 自分はからかわれているのだろうかと、アキレスは不安に思いながら、亀に向かって走り始めます。

 走り始めてすぐ、アキレスはつい先ほど亀がいたところまで到達しました。亀は少し先に進んでいましたが、すぐ追いつけてしまえそうです。
 アキレスはさらに走りました。しかし、不思議なことに、どんなに走っても、アキレスは亀に追いつくことができません。すぐそこにいるはずなのに、どんなに走っても、亀のほうが先にいるように感じるのです。
 焦るアキレスの頭に、亀の声が聞こえました。
「アキレスさん、私は常にあなたより先にいるのです。あなたが私に追いつくことはできません」

 その声を聞き、アキレスは、自分の周りに流れる時間が普通と違うことに気づきました。木々のざわめきは止まり、落ちる木の葉も止まって見えました。そして、走っているはずの自分自身もまた、まるで移動していないように感じました。
 きっとこの亀には不思議な力があるのだと、アキレスは確信しました。しかし、アキレスは諦めず、亀を追いかけつづけることを決めました。

 この競争が始まってから、アキレスはもうどれだけの時間がたったかわからなくなっていました。もう何日も、何年も追いかけ続けているような気がするのに、いまだに亀には追いつけません。アキレスは何度も何度も心が折れそうになりましたが、それでも諦めずに走り続けました。

 まるで無限の時間を過ごしたかのように感じていたアキレスの耳に突然、森の喧騒がザァっと飛び込んで来ました。気が付くと、横には亀がいました。
「おめでとう、アキレスさん。あなたの勝ちだよ」

 その長い長い競争に勝ったのは、アキレスでした。アキレスは喜びに打ち震え、涙を流しました。
「なにか、得られるものはあったかな?」
 亀が優しく微笑みながら、問いかけました。

「ありがとうございます、亀さん」
 アキレスは自分の涙を拭いながら答えます。
「あなたのおかげで、この世が無限であり、有限であることを知りました。それに、私の歩みの小ささと、それを積み重ねることの大切さも。本当にありがとうございました」
 アキレスは深く頭を下げ、感謝の意を示しました。顔を上げると、そこにはもう亀の姿は見えなくなってしまっていました。

 少し寂しく思いながらも、アキレスは未来に向かって、新たな歩みを始めたのでした。

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