数学ダージリン #毎週ショートショートnote
「先生! 合格でした!」
僕が人生最大の喜びを最初に伝えた相手は、家庭教師をしてくれていた大学生のマリ先生だった。
「おめでとう。頑張ったね」
電話越しに、いつものように優しい声で、先生は僕を労ってくれた。
「先生のおかげです。本当にありがとうございました」
僕は本心から感謝を告げた。実際、彼女に見てもらった1年半で、どん底だった僕の成績も志望校を狙えるところまで成長したのだから。
どの教科も大して得意ではなかった僕だけれど、その中でも一番ダメだったのが数学だった。中学の頃よりずっと複雑になったその問題文を見るだけで頭がパンクして、もう一切手がつけられなかった。
そんな僕を見て、先生はたまたま自分の水筒に入っていた紅茶を飲ませてくれた。数学が得意になる特別なダージリンなの、なんて笑っていたけれど、それが子供だましなのは僕にもわかっていた。でも、その紅茶の香りのおかげで何故か気持ちが落ち着いて、苦手な問題にも向き合えるようになった。
「あの、お礼がしたいんです。明日、新塚駅で――」
もう最後かもしれないから。緊張しながら、僕は約束を取り付けようとした。しかし、先生からは「ごめんなさい」の一言が返ってきた。そういうのは規則でダメだ、とか言ってたけれど、僕の耳にはあまり届いていなかった。
電話を切って、自分で淹れた紅茶を啜る。少し冷めたそのダージリンは、なんだかしょっぱい味がした。
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たらはかにさんの以下の企画に参加しております。
最近メンタルダウン中で、先週は少し創作を休んでいましたが、毎ショから再開してみました。書き始めると、やはり楽しく、でも中々悩んでしまう一本となりました。結果やっぱり文字数オーバー気味(正味580文字くらいある)。何卒ご容赦を!
最初は、彼が憧れの先生に告白する流れを考えていたのですが、いつの間にか電話越しに玉砕していました。可哀想な気もしますが、世の中そんなもんだよ、と言ってやりたいところです。
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