【ショートショート】ランプの魔人はシャイボーイ
苦節二十年。時間もお金も全てつぎ込んで、ようやく見つけることができた。なんでも願いを叶えてくれる魔法のランプだ。砂漠の中に埋もれた手つかずの遺跡の奥深く、きらびやかな台座の上に置かれたそのランプ。その前に佇む石碑にも、それが魔法のランプであることを示す文言が記されていた。
誰にも奪われぬよう、たった一人でここまでたどり着いた。本当に辛い道のりだった……。いや、過去を振り返るのはもうやめだ。さあ、願いを叶えるんだ!
ゴシ、ゴシ、ゴシ――。
おかしいな。伝説では3回こすれば魔神が出てくると聞いたんだが……。まだ足りないのか……?
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ――。
だめだ!あれから1時間。こすりにこすり続けてみたが、一向に魔神は現れない。やはり、ただのおとぎ話だったというのか。俺のこの二十年は……。
そう思うと、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。遺跡の奥深く、誰もいない暗く静かな空間で、俺は大声を上げて泣いてしまった。
「あ、あのー……」
「うわああ!」
誰もいないはずの空間で、突然知らない声が聞こえてきて、俺は情けない声を出してしまった。いや、さっきまで大泣きしていたんだ、今更か。
「だ、だいじょうぶですか……?」
声が聞こえてきた方に振り向くと、そこには少年が心配そうな顔で立っていた。地元民だろうか。薄手のローブを華奢な身体に纏った姿は、とても遺跡を探索するそれとは思えなかった。
「一体君は、どうして、ここに……?」
「あの、僕は……じんです」
「え?」
そのか細い声は、静かな空間の中であるにも関わらず、俺の耳まで届かなかった。
「だから、僕は、そのランプの魔神、です」
今度は聞き取ることが出来た。想像とはあまりにも違ったその姿に俺は絶句した。
「あの、だいじょうぶですか?」
少年が申し訳無さそうに顔を覗き込んできて、我に返った。
「ほ、本当に魔神なのか⁉ でも、ランプを擦っても出てきてくれなかったじゃないか! 願いを叶えてくれるのか⁉」
頭に浮かんだ質問をこれでもかと投げつけまくった。はたから見れば、子供をいじめているようにも見えてしまうかもしれないが、ここには誰もいないから問題ない。
「えっと、あの……」
「どうなんだ! 教えてくれ!」
俺は、煮えきらない態度をとる少年の肩を掴み、揺さぶった。次の瞬間、その少年はランプに吸い込まれて行ってしまった。
「ま、待ってくれ!」
焦った。せっかく魔神に出会えたかもしれないのに、そのチャンスを棒に振ったかもしれない。
「すまない! 俺が悪かった! もう一度出てきてくれ!」
返事はない。やってしまった。もうダメなのか。もう一度涙が込み上げてくる。情けない。
「……ごめんなさい」
また声が聞こえた。今度は、すぐ近くから。声の元は、手に持ったランプからだった。まだ見捨てられていなかったのか、と安堵した矢先に、俺の心がへし折れる言葉が続いた。
「願いは、叶えられないんです」
「――つまり、お前は願いを叶えたことも、叶える力も持ってない、ってことだな?」
「はい。すみません……」
俺は、ランプから聞こえる声の話を聞いた。どうやら、元々そこに入っていた魔神は既にいなくなっており、彼はその代わりに連れてこられた、精霊の出来損ないなんだそうだ。神たちの間でもいじめがあるのか、と思ったがどうやら彼は自分から望んでそこに入ったようだ。いつも引きこもってばかりで、他の魔神や精霊たちのように人間と交わるのは怖く、遺跡の奥深くでランプの中に隠れていれば一生静かに暮らせるはずだと思ったらしい。
「元々いたランプの魔神はどこに行ったんだ?」
「わかりません。人間の戦争を観戦してくるとかって行って、そのままずっと帰ってきてないので……」
「そうか……」
つまり、俺の二十年の夢は完全に潰えたということだろう。今からどこにいるかもわからない魔神を見つけるなんて、到底無理なことは俺にだってわかった。
また、涙が込み上げてきた。気が緩んだからだろうか。ランプの少年に気取られてしまわぬよう、なんとかこらえようとするが、どうも止めることが出来ない。
そんな俺の背中を、突然なにかが優しくなでつけた。それがさっきの少年の手であることは、見なくてもわかった。
「……騒がしくして、すまなかった」
情けないところばかり見せてしまったが、彼にとっては迷惑ばかりだっただろう。心の底からの謝罪をした。
「お前は、これからもずっと、ここで静かに生きていくのか?」
落ち着きを取り戻してきた俺は、ふと、彼のことが気になった。
「……はい。自分が選んだことですから」
その弱々しい声に、俺は少しだけ後悔の念を感じた。
「寂しくはないのか?」
「ええ。誰かと交わるのは、苦手ですから」
今度は、少しばかり強い意志を感じた。しかし俺には、それが自分自身に言い聞かせているよう聞こえてしまった。
「……頼みがあるんだが」
「でも、僕には、願いを叶える力なんてありませんよ」
申し訳無さそうにそう語る少年に、俺はある提案をすることにした。迷惑かもしれない。おせっかいかもしれない。けれど、俺は無性にその言葉が言いたくなった。
「俺と一緒に、旅に出ないか」
「でも、僕は――」
少年が断ろうとする言葉を、俺は遮った。
「なんの力もなくても良い。人と交わるのが苦手なら、ランプに入ったままでもいいんだ。ただ、俺はお前に、世界を見せたい」
照れくさい台詞だっただろうかと思い、「文無しだけどな」と笑いながら付け足した。
「なんで僕なんかに……?」
少年の方を向くと、彼の顔は不安に塗れていた。
「ランプを探す旅、大変だったけど、楽しかったんだ」
願いを叶えるためだけに旅を続けてきたと思っていたが、ずっとここで佇んでいるという少年の話を聞いて、俺は自分の旅を振り返っていた。駆け回った大地、大海原の風、きらめく星々を見ながら眠りについた夜。どれも愛おしかった。それをコイツに、教えたかった。
「一緒に来てほしい。それが俺の願いだ」
――古びたランプを腰に下げて、今日も俺は世界中を旅する。かつての夢がなんだったのか、もう思い出すことはなくなった。ただ、流れ行く日々の中で、この世界の美しさを友と分かち合っている。やっぱりこのランプは、願いが叶う魔法のランプだ。
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