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16.大草原がなつかしい

 2022年5月2日、阪九フェリーを降りて、くじゅう高原の八丁原はっちょうばる登山口に向かいました。快晴。大草原が続きます。気持ちがいい。須賀丈は「九州の阿蘇からくじゅう高原一帯には、日本で最大規模の半自然草原が広がっている。火入れや放牧がなされ、それらの野草地にかこまれて集落や耕作地がある。絶滅のおそれのあるチョウのひとつ、オオルリシジミがいることでも知られる。」と記しています。須賀は、寒冷、乾燥などの厳しい自然環境によって保たれる自然草原と、公園、ゴルフ場、外来牧草を植えた人工草原に対して、その中間的な人の関与によって保たれる草地を半自然草原と定義しています。
 
 標高1090mほどの八丁原登山口駐車場から涌蓋山わいたさんへの、登山路は12kmほどありますが、5時間程度で往復できる、見晴らしのよいなだらかな山です。左手に150m程の高さの草原の一目山を見ながら、まっすぐに舗装路を進みます。行きか帰りに、一目山に登るのもいいです。この辺りは、道沿いに少し、コバノミツバツツジが咲いています。なだらかな山路を、1299mのミソコブシ山まで、大草原を見ながら小さなアップダウンを超えていきます。ドウダンツツジを植えられたドウダン広場があり、ミヤマキリシマも咲き始めています。

ドウダンツツジ 2022年5月2日
咲き始めたミヤマキリシマ 2022年5月2日

 ミソコブシ山からも、涌蓋山がよく見えます。ここから一度降りると、樹林の入口や中に、大きなコバノミツバツツジが咲いています。登山路をそれて、すこし林の中に入ってみましょう。九州の高山ではツクシコバノミツバツツジといって、コバノミツバツツジの亜種、あるいは別種だという説も出ています。

川が流れる少し急な樹林地から涌蓋山を望む 2022年5月2日

 ツクシコバノミツバツツジは、幹が太く、1本の主幹で立つ場合もあります。

地上から数十cmでようやく枝分かれしている 2022年5月2日

 コバノミツバツツジは1つの蕾に1輪が基本ですが、ツクシコバノミツバツツジはおおむね1つの蕾に2輪咲きます。

1つの蕾に2輪のツクシコバのミツバツツジ 2022年5月2日

 まだ葉が開いていない森の中では、花が降ってくるようです。

林の中でもコバノミツバツツジは元気です 2022年5月2日

 登山路に戻り、道標を確認して、涌蓋山に向かいます。しばらくするとまた、草原が広がり、やや急になりますが、女岳をへて、1499.6mの開けた山頂に着きます。ゴールデンウィークの昼は、お弁当を食べ、本を読み、ドローンを飛ばすなど、登山者は思い思いにゆっくりとすごしていました。ただし、途中の林の中で熱中してコバノミツバツツジを撮影しているのは、著者だけでした。

涌蓋山山頂 2022年5月2日

 ちなみに、翌日に登った祖母山でツツジ撮影中に出会って、1時間ほどツツジ撮影のことを話しながら山頂まで一緒に歩いた大阪から来た30代の女性は、3日後に市房山でも出会い、そこで同じ日に涌蓋山に登っていた事実を知って、驚きました。計3日も同じ山に登っているのです。祖母山で会った岐阜から来た40前後の男性は、やはり3日後に市房山山頂でも会いました。下山後の温泉の湯舟でいきなり、「明日は雨ですが、どこに行かれますか」と声をかけられました。登山者どうしの情報交換は、有益で楽しいです。ゴールデンウィークの九州の有名な山に登っているソロは、1/3が本州からやってきた車中泊組なのです。

 涌蓋山の近くには、良い温泉が沢山あります。さらに、九州電力の八丁原はっちょうばる地熱発電所が見学できます。

八丁原はっちょうばる地熱発電所 2018年8月22日

 昨年、次女が五島列島福江島の鬼岳の写真を見せて「昔畑だったと書いてある。草刈り大変ではないか」と言ったので、著者は「山焼きしているのやろ」と応えました。ネットで調べると数年に一度は山焼きをしていることがわかり、次女は驚いていました。若者は、山焼きも知らないですね。
 小椋純一によれば、日本の国土に占める原野は、20世紀初頭が500万ha、明治・大正・昭和戦前戦争直後は徐々に草原が少なくなり、10~15%であったと推定しています。

草地と樹林の間に咲くコバノミツバツツジ 2022年5月2日

 半自然草原を放置すれば、鬱蒼とした山林に変わりゆく日本の国土です。1万年ぐらい前に最終氷期が終わり、日本列島を含む地球が温暖化した後で、縄文人以来、人々が火入れなどをして草原をつくることで、そこに棲む寒冷地の動植物が人為的に今まで存続してきました。1960年頃までは、国土の10%以上あったその草原が、今は1%以下になっているのです。日本人の郷愁を、なつかしい大草原は呼び起こします。

須賀丈・岡本透・丑丸敦史『増補版 草地と日本人』2019 築地書館
小椋純一『森と草原の歴史』2012 古今書院


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