見出し画像

4.万葉ツツジはコバノミツバツツジ

 種の総称としてのツツジは、万葉の昔より全国誰もが知っていますが、似ている個別のツツジの種は、あまり知られていません。このため、万葉集のツツジについても、百家争鳴、根拠のない種の説明やその写真があふれています。
 万葉集と検索するだけで、万を超える夥しい著書・論文が出てきます。4500首ほどある万葉集に詠われているツツジは9首です。このツツジについて記されている文献も千を超えており、県立・市立・大学の図書館で借り、ネットで入手して、何百冊か拾い読みしました。その結果、万葉集で詠われている「つつじ」「いわ(いは)つつじ」「しらつつじ」「つつじ」は、近畿地方の里地・里山に多い、コバノミツバツツジ、モチツツジ、ヤマツツジだというのが、著者の結論です。滋賀県の我が家の庭には、コバノミツバツツジが100株、モチツツジが10株ほどあり、近くの山でヤマツツジを稀に見かけます。

3種のツツジの色 WikipediaのJIS慣用色名からRGB値の色を参照
『日本国語大辞典』では紅紫を「こうし」と読むと記されているが、国立科学博物館筑波実験植物園では「べにむらさき」とルビがふられていました。「こうし」と聞いても意味が解らないが、「べにむらさき」だと意味が通じます。

 植物学者・博物学者の岩槻邦男は、万葉集の「世界に例をみない特徴としては、王侯貴族など上流階級、知識階級の人の歌だけでなく、防人や、名前も出ないために詠み人知らずとされている庶民階級(といっても、防人も下士官級以上の人らしく、奴隷のような暮らしを強いられていた人が詠んだという確証はない)も含まれており、地域も都に限らず日本各地で詠まれた歌が選ばれている。その歌に、また、野生の植物が数多く読みこまれている点で、これも世界に例をみない文献であり、当時の植物、植生をたどることを可能にしており、植物学にとってもすぐれた記録となっている。」と喝破しました。
 
 細見末雄は、牧野富太郎を始めとする植物学者の指導を受けて植物観察に励む一方で、郷土史家として研鑽し、古典の史書、辞典、日記、随筆、和歌俳句、花伝書、本草書(薬草・薬木の解説書)と、近代の図鑑、植物、民俗の書籍、計241冊を渉猟しました。そして1992年に、万葉集のツツジの歌を分析して、「つつじ」「丹つつじ」はコバノミツバツツジ、「白つつじ」「岩(いは)つつじ」はモチツツジだと判断しました。「つつじ」「丹つつじ」は、「さくら」すなわち自生種のヤマザクラと同時に開花するツツジなので、他種より早く咲くコバノミツバツツジだと判断したのです。

 植物生態学者の服部保は、2023年に「つつじ」はコバノミツバツツジ、「丹つつじ」はカスミザクラと同時に咲くヤマツツジ、「白つつじ」はモチツツジと判断しましたが、「岩つつじ」については触れていません。

 モチツツジには、ピンク色の花が咲きます。細見は他のツツジと比べると淡いから「白つつじ」がふさわしいと記します。前田雨城は、古代の「『しろ』は『素』または『白』のいずれかの文字をあてはめて使用している。・・・(古事記)の『稲羽之素兎いなばのしろうさぎ』・・・野生の兎の体毛は、雪のあるときは白色で、春がくると茶色に変わる。この両色とも『素色しろいろ』である」と述べています。全国を歩き回った民俗学者の宮本常一は「モチツツジという白い花」と表現しています。著者は今春、「白(薄茶色)メダカ、赤(薄橙色)メダカ、黒(濃い灰色)メダカを2匹ずつあげる」と言われて、友達からもらいました。色は通常、正確に表現するよりも区別に使います。「白つつじ」として、植物の分布や特徴を知らない人々が、万葉人の目に触れにくいシロヤシオ、ウンゼンツツジ、ドウダンツツジなどを挙げたり、自然には0.01%も存在しないコバノミツバツツジやヤマツツジの白花だと、間違った主張をしていますが。

万葉の白つつじ = モチツツジ

 細見は、「(平安時代の)古辞書には種名を記している」「中国の本草書ほんぞうしょなどに、日本のツツジのそれぞれに適合する名が見つからなかったので、一つにしてしまったらしい」「柳田国男は『蝸牛考かぎゅうこう』に、カタツムリの方言を全国より集めて方言周圏論を唱え、古語ほど遠隔地に残ることを明らかにした」と卓見を述べています。つまり、古代からツツジの種類を分けて名付けていたが、漢字表記は同じになり、大和言葉の読みは複数あって混乱していた。一方、都から遠い地方で「岩つつじ」などの方言が残っていたと読み取れます。コバノミツバツツジを含む十数種あるミツバツツジ類は、名のとおり葉が輪生の3枚で、花の色は同じ紅紫で、植物園の職員に聞いても判別しにくい種だから、古代から、全国すべて「岩つつじ」と呼ばれて当然です。奈良や京都の都から遠い、千葉県房総丘陵のキヨスミミツバツツジ、埼玉県秩父のホンミツバツツジ、宮崎県のヒュウガミツバツツジ、鹿児島県ではハヤトミツバツツジは、今でも「岩つつじ」という古名の方言で呼ばれています。国内の樹木を網羅的に調査して葉のスキャニングを行った林将之は、ミツバツツジ類は岩場に分布するが、ヤマツツジ、モチツツジは岩場とは記していません。だから、「岩つつじ」は、コバノミツバツツジに代表されるミツバツツジ類だと判断できます。
 ちなみにイワツツジは、ツツジ科だがツツジ属でなくスノキ属の、高山植物の低木で、近代に命名された混乱を招く標準和名です。なお、京都の保津川ではサツキ、福島県の夏井川渓谷ではアカヤシオ、一部の地域ではヤマツツジのことを、方言で「岩つつじ」と呼んでいます。

 白黒赤青は、日本語の万葉の4原色名であるというのが定説ですが(黄の歌は1首で原色とは言えないというのが通説)、他は元々、顔料、染料などのモノに付随した色でした。丹は辰砂しんしゃからつくられた黄色がかった顔料の赤、紅は紅花べにばなで染められた紫やピンクがかった染の赤です。丹はヤマツツジの色にふさわしいです。

万葉の丹つつじ = ヤマツツジ

 一方、紅花染べにばなぞめは、最初に黄色の色素を取り除かない染め、1回しか染めない一斤染いっこんぞめのピンク、8回染める八入染やしおぞめ深紅しんく、入れる灰汁の量の調整などで、かなりの幅がある色に染まります。また紅花染は、洗濯すると色落ちします。万葉集に27首も詠まれている紅です。上代は、こういった染め方や色の退色を、庶民とまだ近かった貴族はよく理解していました。細見は、平安時代以降の辞書や和歌を解読して、「岩つつじ」「白つつじ」は「羊躑躅ようてきちょく」と記されているので万葉ではモチツツジだが、紅の記述を理由に平安以降はヤマツツジになったと述べています。確かに「丹つつじ」の和歌にも幅広い色変化を示す紅が記されていて混乱は見られますが、これは黄色っぽくも染められるからです。しかし細見の趣旨に従うと、種名というからには「丹つつじ」はヤマツツジ、「岩つつじ」はコバノミツバツツジと区別すべきです。

コバノミツバツツジの紫が濃い場合のつつじ色

 コバノミツバツツジの花弁はなびらは、薄いので、晴れれば透明感のある赤味が増し、曇ればより紫になり、散りめには淡いピンクに近づくので、万葉の紅色なのです。そして、色付きの良い曇天の花弁が、JIS慣用色名に定められているつつじ色です。今日のつつじ色は、どこでも見られる園芸つつじの代表種、オオムラサキツツジの色です。幅があり移ろいやすいコバノミツバツツジと、安定したオオムラサキツツジの、2種のつつじ色があるのです。

園芸種のオオムラサキツツジのつつじ色

参考文献
岩槻邦男『ナチュラルヒストリー』2018 東京大学出版会
細見末雄『古典の植物を探る』1992 八坂書房
前田雨城『色 染と色彩』1980 法政大学出版局
宮本常一「ツツジと民俗」『いけばな芸術6 竹・藤・躑躅』1981 主婦の友社
服部保「万葉集の植物・植生・景観」『万葉植物の歌 鑑賞事典』2023 和泉書院
林将之『増補改訂 樹木の葉』2020 山と渓谷社


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?