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92.紫に染まる伊奈冨神社

 三重県鈴鹿市の伊奈冨いのう神社の境内には、1937(昭和12)年に三重県が指定した稲生いのう山のツツジの名勝と、その後に別途指定された名勝の伊奈冨いのう神社庭園があります。稲生いのう山のツツジは、三重県北部から岐阜県西部ではムラサキツツジと呼ばれているコバノミツバツツジです。周囲の水田より小高い台地の上にある境内の面積は8haで、社殿と池のある庭園を除くヒノキ林の中に、5000本のコバノミツバツツジが自生し、一部にソメイヨシノが植えられています。

伊奈冨いのう神社のコバノミツバツツジ

 1890(明治23)年の地形図によると、稲生神社の境内は針葉樹の記号で記されており、アカマツの林でした。集落と水田に囲まれ、北側の台地は桑畑、西側の現在鈴鹿サーキットがある台地は草地となっています。この草地にも、1962年に鈴鹿サーキットができる前は、コバノミツバツツジが群生していました。

1890年と今日の地形図
                         「今昔マップ on the web」@谷謙二より

 著者は、2013年3月31日、2015年4月9日、2022年4月8日に、伊奈冨いのう神社を訪れました。さらに、2024年12月14日、日本造園学会中部支部大会の現地見学会に参加して、伊奈冨いのう神社を見学しました。

伊奈冨いのう神社の現地見学会

 2013年3月31日は、まだ咲始めでした。紫つつじまつりのポスターが掲示されています。宮司さんとその御子息の祢宜さんにご挨拶して、話を聴きました。「ヒノキが大きくなって、ツツジの花付きが悪くなってきたので、ヒノキを少しは伐り始めているが、氏子の中には伐るのを渋っている人もいて、なかなか伐らせてくれない。」とのことでした。

2013年のムラサキ祭りのポスター

 2015年4月9日は、満開近しです。社殿の周りを、コバノミツバツツジが覆って、紫に染まっています。

拝殿に添えるコバノミツバツツジ

 境内は花見客・参拝客で賑わっています。

花見を兼ねた参拝客で賑わう

 ビデオカメラを回している取材者もいます。

ビデオカメラの取材

 ヒノキ林の中の散策路のツツジのトンネルで、空を覆う花を180°天空写真を撮ってみました。

ツツジのトンネルの天空写真

 水平に撮ると、こんな感じですね。

ツツジのトンネルの180°広角写真

 ヒノキ林の下草は綺麗に刈り取られて、コバノミツバツツジがその中に咲いています。

ヒノキ林の中のコバノミツバツツジ

 2022年4月8日は、晴れた日です。拝殿の両側が満開です。

拝殿に向かう参道脇のコバノミツバツツジ

 ドローンを飛ばさせてもらいました。

左:神社の拝殿と本殿     右:菩薩堂

 ツツジのトンネルが、空からも確認できます。

ツツジのトンネルの空景

 林の中を、斜め上から見ました。別の場所の多くでは、コバノミツバツツジに枯れ枝が引っかかっています。しかし、伊奈冨いのう神社のコバノミツバツツジは、1本1本の株の枝に引っかかった枝葉を、丁寧に取り除いているのでしょう。上から眺めても、とても綺麗です。

ヒノキ林の中のコバノミツバツツジ

 ツツジのトンネルは満開で、以前にも増して花付きが良くなっていました。
 中島らによれば「近年は、アカマツが消失した後に植栽されたヒノキによる被圧や、ツツジ同士の競合による衰弱が見られるなど課題があり、令和2年度に伊奈冨いのう神社が植栽管理方針を定めた。」「植栽管理方針の策定前から、ヒノキの伐採は継続していた。令和3~5年度『みえ森と緑の県民税』による市補助事業を利用し、林床の光環境を改善するためにヒノキ等を毎年25本程度選択的に除去した結果、光環境が改善され新梢の増加や萌芽の発生が確認された。」と報告しています。

ツツジのトンネル

 北側の丘には、戦没者招魂碑が置かれ、広場になっていて、ソメイヨシノも満開でした。

境内の北の丘

 中島らによると「令和3年春から検討会を重ね、ムラサキツツジを育てる学習会を開催し、翌年3月に種まきをした。令和5年には、稲生いのう地区の学校と公民館等に、神社で育てた苗木を約30本植樹し、学習会を開催し苗木を配布した。稲生いのう小学校4年生の地域学習として『紫つつじと獅子舞の学習会』を神社で実施し、115名が参加した。稲生いのう公民館で稲生いのう高校生など40数名が苗木を移植した。令和6年度には増殖した最初の苗木が神社境内に植樹され、毎年百数十本ずつを育成し、稲生いのう地区内の各所に植えていく予定である。」と述べています。
 稲生いのう小学校の生徒がまいた種のポットが、社務所の前に並んでいます。祢宜さんが水やりの世話をしています。

小学生が植えた種をまいたコバノミツバツツジのポット苗

 最初に訪れたときから10年以上が立ち、神社を拠点に、地域の人々が連携して、コバノミツバツツジを保全して種から育てて地域全体に広める活動が順調に進んでいったことを知って、うれしい限りです。

【引用文献】
中島義晴・中村昌幸・渡辺愛子「伊奈冨神社庭園(七島池)と稲生山の躑躅の保存活用 -地域住民との協働-」令和6年度日本造園学会中部支部大会研究発表会要旨集、Vol.21、2024 


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