重力の虹
⚪︎重力の虹
玄関を出ると、庭の伸び切った草が擦れて音を立てる。風ではない。風はどこにあるのかわからない。風の音に決まった居場所はない。生き物がいる。すばっしこいいきものがいる。伸び切った草よりも小さいいきものがいる。それでもなお草を動かすことができるいきもの。じゅうぶんな体重を持ったいきもの。蜥蜴だ。蜥蜴に違いない。その音に似た音を加湿器は発している。窓は結露し、集まり、垂れる。室外機は唸る。空調機は一時的に室内への送風を停止する。室外機は霜取りのために温度を上げる。霜が融け、排水される。排水された水がバルコニーの砂で汚れた床を這う。水が砂を引き連れて、水の塊になる。雫が落ちる。水の塊に落ちる。水面は跳ね上がる。雫はくそだ、この跳ね上がりは醜い。雨はこの醜悪な光景を尋常ではない回数に渡って生じさせる、もっとも馬鹿げた天気だ。
ということで、濡れた、溜まった水に混ざり込んだ、ガソリンが垂れて構造色で七色に輝いた水溜まりはこの世で最も醜い重量の虹である。これは、おそらく100年、いやもっと前、おそらくニュートン、下手したらもっと前から言われていることである(それがテクストに残されていないにせよ)。