東京ドールズがサービス終了した件についての想い
――人は失ってから、ようやくその存在の価値の大きさに気づかされる。
もう使い古されたような言い回しを、今日、身を持って痛感させられたように思う。
スクウェア・エニックスが運営するソーシャルゲーム・東京ドールズ(以下ドールズ)が本日、2021年10月29日の午後12時をもって運営サービスを終了した。
長らく、当たり前のようにプレイしていたゲームが終演を迎え、二度と立ち上げることができなくなるという経験を初めてした。
予め断っておくと、僕はこのゲームのガチ勢ではない。累計ログイン日数は1500日前後ほどになるが、課金をしたの一度だけ。リアルイベントにもコラボカフェにも赴くことなく、僕の東京ドールズはスマホアプリの中だけでほぼ完結している。
厳密にこのゲームを始めた日付はもう忘れてしまったのだが、恐らく2017年の7月〜8月の間(サービスは2017年6月22日開始)にはもう始めていたように記憶しているから、ちょこちょこログインしなかった時期も存在するくらいだ。
きっかけは、ネットサーフィンをしている時にブラウザに表示された広告だった。
RPGの老舗ブランドとして有名なスクウェア・エニックスがリリースする爽快アクションRPGというウリ文句。加えて、ビビットな美少女のイラストと各キャラクターの性格に合わせて設けられる四つの感情パラメータという斬新な仕様が興味を惹いた。
それまで僕はほとんどソーシャルゲームに触れてこなかった。有名なゲームをプレイしてみても、大体がポチポチするだけだったし、育成やらなんやらと面倒にしか感じられず、どこが面白いのかよくわからないものだったからだ。
ドールズをインストールしてチュートリアルを遊んだ感想は、『明らかに他のポチポチゲーとは違う』という印象だった。三種類ある武器の特徴に合わせてタイミングよく画面をタップしながらコンボを積み重ねていくという戦闘が新鮮で面白く、僕はしばらくドールズを続けることにした。
しかし、戦闘システムに関して面白いとは思っていたものの、ソシャゲである以上はユーザーにガチャを引かせるのがビジネスとしてのセオリー。高難易度系のコンテンツはレア度の高いカードが必要なように設計されているだろうと決めつけてかかっていた僕は、ゲームオーバーになったあと試行錯誤することなく、変にどっぷりとハマって課金の坩堝に飲まれないよう一定の距離を置きながらこのゲームと付き合っていた。
だが、一年半くらい前に新宿奈落という高難易度コンテンツを最上位レア以外のカードの組み合わせで攻略しているyoutube動画を見た。無課金勢でもコツコツ続けること、戦略を練ることで攻略可能なバランスに作られていることに気がつき、それからは毎月の新宿奈落攻略が楽しみの一つになった。
そのことで、この一年半くらいはシステムの面白さにどっぷりとハマったのだが、アプリを始めてから三年近くはかなりダラダラと東京ドールズをプレイしていたのだと思う。正直、その期間の印象や記憶も少し薄い。とりあえずログインしてボーナスアイテムを受け取り、イベントをオート戦闘で効率よく回し、時々各キャラクターの部屋を訪れてお気に入りのキャラとコミュニケーションを取る。
リアルが特別忙しかったわけではないが、特定の期間(多分、ゲームを始めて一年くらいが経った頃)はログインすらマチマチになった記憶もある。
それでも、完全に途絶えてしまうということはなく(四年の間に他にもいくつかのソシャゲに手を出しているがほとんど続かなかった)、東京ドールズだけは何故か続けることができた。
他にもやりたいことがたくさんあるという名目(映画を見るとかコンシューマーゲームをするとか小説を読むとか)のもとに、ストーリーも半端にしか進めず、『どうせ無課金勢に高難易度コンテンツの攻略は無理だろう』と決めつけていた僕が、三年間このゲームを続けられたのが不思議なのだ。
冷静に分析をすれば、その時々でお気に入りのキャラができたこと。多くのエンタメアプリが楽しく明るく陽気に調和するキャラクター達の様子を描いているのに対して、唐突に死の匂いが押し寄せネガティブで不安定に揺れ動くキャラの一面(特に負の感情パラメータから発生したキャラのネガティブなセリフには心が傷む)が描写されるなど、ドールズ独特の世界観の魅力があったのだとは思うのだが。
それでも、僕自身の感覚としてはドールズというゲームに特別肩入れしているわけでもなく、このゲームが僕の人生の救いになっているとも心の支えになっているとも思ってはいなかった。
サービス終了のお知らせが出たのは二ヶ月前。長かった梅雨がようやく明けはじめた八月の終わりのことだった。
いつものようにドールズにログインをした僕は、キャラクターから渡されたログボのメモリア(ガチャを引くための宝石)が3000だったことに目を剥いた。
正直、目を疑った。
今日は何か特別な日だったのだろうか? まぁええわラッキー、などと呑気にメモリアを受け取り、翌日以降のログボの欄が3000メモリアで埋め尽くされていることに気づいて、バグを疑った。
ここまで来てもまだサービス終了を疑わず(ロードマップに加え新キャラの追加があったばかりなので、まるで頭になかった)何かがおかしいと運営からの通知を確認すると『ドールズラジオ最終回』のバナーが真っ先に目に飛び込んできた。
その瞬間、ようやく愚鈍な僕の頭に『サービス終了』の予感が舞い込んだ。
文面をじっくり読むまでもなく、赤い文字で『サービス終了のお知らせ』がアナウンスされていた。
僕の人生において、十分遊んだと思えるソシャゲの初めてのサービス終了だった。
思えば、ドールズは決してアクティブユーザーが多いコンテンツではなかったようだし、本来ならばいつ終わってもおかしくなかったのだろう。それが四年以上も運営が続いていること、上述したように新キャラが増えたばかりということもあり、僕はこれから先も当たり前のようにドールズのサービスが続くものだと高を括っていた。
『サービス終了のお知らせ』の文字を目にした自身の胸に、軽い痛みが走っていた。
そのことに、少し驚いた。
人の命と比べられるようなことではないかもしれないのだけれど、誤解を恐れずに言えば、先日すぎやまこういち先生の訃報をニュースで知ったときも同じような痛みが走った。
心の内側の支えの一つだったものが崩れ落ちて、自分の存在から何かが抜け落ちてしまったような、一部が削り取られてしまうような、なんとも言えない喪失感だ。
それを確かに感じたのだけれど、その時の僕はまだまだ自分にとっていかにドールズというコンテンツが心の大きな支えになっているのかを理解していなかった。
それから二ヶ月の猶予期間が設けられた。
Youtubeに本編のストーリーがアップロードされるということで、僕はコツコツと各キャラクターが抱えるトラウマと向き合うシナリオを読み進めることにした(実はこちらもYoutubeにアップロードしてもらえたのだが)。各キャラクターごとに用意されたシナリオを読み、着せ替え機能や撮影機能にも触れた。着せ替え機能の作り込みは素晴らしく、これだけで数時間延々と遊んでいられるのだが、この期に及んでソシャゲに過剰に時間を費やしたくないと考えていた僕は小一時間もいじれば自動的にそろそろ辞めようとスイッチが入り、どっぷりとやり込むに至らなかった。
そのことを、今、激しく後悔している。
与えられた二ヶ月の猶予期間、それなりにドールズに時間を取ったつもりだけれど、まだまだ足りていなかった。
結局、レアカード獲得時に解放される個別シナリオをすべて読み切ることができずに、読んでいる途中でドールズの世界の終わりを告げる時刻がやってきた。
この期に及んで、本当にこの期に及んでなのだが、僕はまだドールズが終わってしまうということを信じていなかったように思う。もちろん頭では終わるのだと理解していたけれど、予定の時刻を過ぎても、しばらくはアクセスできるんじゃないだろうかなんて、そんなことを考えていたり、自分がこの後に受けるダメージについても甘く見積もっていた。
12時を過ぎ、個別単話のシナリオを読み終えてローディング画面に移った直後、メンテナンス中の画面がポップされた。
ああ、終わってしまったなぁ。
冷静にそう受け止めた後に、僕は居ても立っても居られなくなった。メンテナンス中のポップ画面が表示されたことで、ようやく現実に気づかされた。もう二度と、ドールズの世界にアクセスすることができないのだという現実に。
ログインする度、くだらない日々を過ごす僕のことを笑顔で出迎えてくれたキャラクターの優しい言葉をもう聞くことができない。
食事をしながら、イベントをフルオート機能で回して編成を試行錯誤する楽しみ。成果に満足する感覚、戦闘終了後に何度も耳にした爽やかな勝利BGMの中、決め台詞と決めポーズをとるキャラクターを観ることももうできない。
高難易度コンテンツで痺れるように熱い戦闘を繰り広げている時に、ハイクオリティなスキル音楽が流れて自分でも驚くくらい心を打たれる経験ももうできない。
寝る前に、安らぎのBGMが流れるキャラクターの部屋に訪れて癒やされること、着せ替え機能で可愛く装飾してあげられたキャラクターの姿に心を躍らせること、キャラクターがどんな反応をするのか、一種のコミュニケーションを楽しむことももうできない。
メンテナンスのポップ画面によって、ようやくその現実を認識した僕はどうしようもなくなっていた。東京ドールズの世界が自分にとってどれほど大きな心の支えになっていたのかを理解した。東京ドールズが新しい形で再スタートされるのではないか、ありえない一縷の望みを抱いて、ネットを検索した。
当然、そんなアナウンスはどこにもない。
東京ドールズのサービスは間違いなく本日12時を持って終了した。
もうどうすることもできない。
数多の人類の願いだろうとそれは決してかないはしない。
時間を巻き戻すことは、不可能なのだ。
Youtubeで東京ドールズの終焉をライブしている実況者さんのところに集まり、一人ではどうしようもなくなっている悲しみを紛らわせた。
彼らが語る東京ドールズ愛は、間違いなく僕のものなんかよりも深く(衣装やカードイラストやスキル演出など、僕は本当に無頓着だった……)、それを聞いていると、改めて自分はこのコンテンツとの接し方を間違えていたと思わされた。
さらにその後、Youtubeにアップされている東京ドールズの第一回目の放送(二年前に公開されたもの)を聞き、これをリアルタイムで聞いていたら、きっと、もっとこのコンテンツにワクワクできたのにと、東京ドールズの世界を存分に楽しむことができたのに、と本当に居たたまれない気持ちになってしまった。
ソーシャルゲームはガチャ課金によるビジネスモデルの構造を背負わされシステムにその一面が組み込まれる以上、プレイヤーに深い感動を与えることは不可能だと決めつけていた自分を悔いた。
本当に、失ってから気づくのは愚か者のすることだと思っていたのに。
断言する。
東京ドールズは間違いなく僕のこの四年の生活の心の支えになってくれていた。
そして、ソシャゲで深い感動は生み出せないという僕の概念を打ち破ってくれた最高のソーシャルゲームだ。
愛らしいキャラクターも、人間心理の奥底を抉る痛快なシナリオも、爽快さと戦略性に富んだシステムも、緻密に計算された戦闘バランスも、心を震えさせる力強い音楽も、すべてにおいて、素晴らしい出来だった。
僕はこのコンテンツともっともっと、本気で向き合うべきだった。ソーシャルゲームというレッテル貼りを辞めて、クリエイター達がいかに面白いものを創ろうと鋭意努力しているのかに触れるべきだった。
今さらそのことに気がついても、もう遅いのだけれど、願わくば東京ドールズの続編やオフライン版などが、何かしらの形で世に出ることを願わせてもらう。
無論、それはこれからの僕たちドールズファンの御布施が大切になることは言わずもがな。来月にはイベントが予定されているし、設定資料集も発売される。可能な限り購入したい。どんな素晴らしいコンテンツも資金回収の見込みがなければ消えてしまうのが市場の原則だと肝に命じよう。
ドールズ喪失の感傷はまだしばらく続きそうだが、なにはともあれ、運営の皆さんには感謝!
素晴らしいゲームを生み出してくれて、ありがとうございます!
四年と少しの間、本当にお疲れさまでした!
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