フォトジェニックと言うよりむしろフェティッシュ
町家改修工事の定例打合せのために現場を訪れると、お施主様が険しい顔をされていた。
「どうかしましたか?」
私がこのように尋ねると、お施主様からはこんな答えが返ってきた。
「現場から腐った臭いがする。」
私はその時、一体何を言われているのかよく判らなかったのだが、とにかく現場に入ってみることにした。
現場では左官屋さんの作業が始まっており、竹小舞には荒壁の土が塗り付けられていた。
数日前までは、竹小舞から建物内に差し込む陽光がきれいだなと思っていたが、土が塗り始められると現場の様子は一変し、非常に無骨な雰囲気となっていた。
このような現場の劇的な変化もまた楽しい。
それにしても、
現場で腐った臭いとは…と思案していたところ、
「…あ。」
お施主様と私の会話を聞いていた左官屋さんが声を出した。
臭いの原因が判ったのだという。
答えは『荒壁の土』。
土壁の下地として用いる荒壁の土は、荒土に水とスサを混ぜたものなのだが、竹小舞に塗り付けられるようになる頃には発酵が進む。
お施主様が感じたという“腐った臭い”、それは醗酵臭だったのである。
この醗酵臭、水気を含んでいる時には臭うのだが、乾くと無臭となる。
職人さん達や私にとっては当たり前のことゆえ気にも留めていなかったが、お施主様はその荒壁の土の醗酵臭をもって「腐った臭い」と言っておられたのだ。
確かに、知らなければ判らないことゆえ、怪訝な顔をされるのももっともである。
臭いの原因が判明し、それは有害なものではなく、自然素材を実感できるものであると判れば不思議なもの。
お施主様は、私の隣で深呼吸をしていた。