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昼間のカブトムシは鉋屑の中

「カブトムシ、要る?」

お盆休み直前に私は2回、こう尋ねられた。
同じ日に、異なる場所で、異なる人に、である。

最初はお昼前に、山間地にお住まいのお客さんから。
現地調査の最中に、車庫のシャッターレールの溝に身を潜めていたカブトムシのメスをお客さんが見つけたのだ。
明るいところを好まないカブトムシは、日の光を避けるためにレールの溝に挟まったような格好で隠れていたのだろう、とのこと。
指先でそっとつまみ出すと、ニコニコしながら私に見せてくれた。

生憎、この日の私は仕事の予定が夜まで入っていて、翌日には妻の実家へ行くことになっていた。
妻とお子達は先に帰省したこともあり、虫カゴなどを準備することが出来そうにない。
折角のお声かけだったが、丁寧にお断りをすることとなる。
果たしてこのカブトムシは、お客さん宅のお向かいに住む小学生くんの手に渡ることになった。

2回目は夜。
事務所という名の実家に戻ると、母は私の顔を見るなりニコニコしながら台所のテーブルを指さした。
そこには、どこかで見たことのある虫カゴが置いてある。
見覚えのあるこの虫カゴは、私が子供の頃に使っていたもので、母が思い出して物置から引っ張り出してきたのだという。
虫カゴの中を覗くと、そこにはカブトムシのオスがいた。

囚われのカブトムシは、とりあえずのエサとして投入されたキュウリと、止まり木として設置されていた割りばしに挟まった状態で微動だにしない。
死んでいるのではないかと思ったが、母曰く、少し前まではゴソゴソと動いていたのだそうだ。

お子達のためにと、母の友人が裏庭でカブトムシを捕まえて持ってきてくれたらしい。
近くの寺の雑木林から飛んできたのだろう、と話していたとのこと。

我が子を気にかけてもらっていることは実に有り難い話なのだが、私の翌日の予定に変わりはない。
母に事情を話すと、翌々日に私たち家族が帰ってくるまでの間、虫カゴを預かっていてくれることになった。

そして、2日が経過した。

私たちが妻の実家から戻ると、虫カゴの中の環境が充実していた。
止まり木として設置されていた割り箸は複数本となり、立体化している。
エサとして置かれていたのは、ホームセンターで購入してきた昆虫用のゼリーで、原木に穴をあけたゼリー用のエサ皿に設置されていた。
母は実に楽しそうに、この2日間のお世話の様子を語ってくれた。
しかし、この時点では虫カゴの底はプラスチックのまま。

翌日、妻は自分の作業場兼倉庫から鉋屑を袋一杯に持ち帰り、虫カゴの床に敷き詰めていた。

妻の作業が終わると間もなくして、カブトムシは鉋屑の中に身を沈め、それ以来、昼間にカブトムシの姿を見ることはなくなった。

まったく動かない時間帯が長いため、今度こそ死んでしまったのではないかと心配するも、時折、鉋屑がゴソゴソとうごめくのを見て生存を確認するということを繰り返している。

しかし、食欲は旺盛らしく、夜が明けると昆虫ゼリーが半分以上なくなっていることもある。
カブトムシは夜中に元気に過ごしているようだが、夜更かしが出来ないお子達は、その姿を見ることが出来ず不満気。

とうとうお子達は就寝前に、私に対してこんなことを言うようになった。

「お父さん、夜にカブトムシが元気かどうか、見といてな。」

今夜もカブトムシは元気です。
もう、寝てもいいかしら。

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