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【第5章】 ヘタレモード 〜前編〜
第1章『 夢現神社 〜前編〜 』
前話 『 挑戦 〜後編〜 』
エディブルフラワーのフェアー企画に全面協力することを優子に約束した私は、あの日から五日も経っているのになにも行動を起こせずにいた。
理由は二つ。
ひとつは、物流倉庫の鬼瓦センター長が恐くて、なかなか有給休暇の申請を言い出せずにいたこと。
もうひとつは、今回のフェアー企画のために、エディブルフラワーを買い取りではなく、委託販売の形で協力してくれる生産者さんとどうやって交渉しようかと悩んでいたからだった。
有給休暇のほうは、社員が休暇を取る当然の権利を盾にしてなんとかなりそうだけれど、生産者さんとの交渉に怖気づいていた。
10年働いてきて、営業的な仕事を全くしたことが無かったのだ。
けれども、優子に「大丈夫、私に任せて!」なんて大見得を切ってしまった以上、やらないわけにはいかない。
とはいうものの、どうにもこうにもヘタレなせいで、なかなか気が進まず、ズルズルと先延ばししていた。
実は、インターネット検索や、いつも買っているエディブルフラワーの包装パックに印刷されている問い合わせ先などを調べ、生産者さんのリストアップはできていた。
あとは、その生産者さんたちへ連絡をして交渉すればいいのだけれど、なんかこう、私の中で違和感というか、もっと別の方法が他にあるような気がしていて、それも先へ進めない原因になっていた。
今夜もまた、物流倉庫の激務に疲れ果てた身体と心にムチ打ちながら、インターネットでエディブルフラワーに関するホームページを眺め、どこの花園へ連絡すればいいのかをうじうじ考えていた。
突然、スマホの呼び出し音が鳴り、ビクッとする。
こんな遅くに誰……?
スマホの着信画面を見ると、優子だった。
「もしもし、優子?」
「あ、ゆかりさん、こんな遅くに電話しちゃってすいません……」
「ううん。大丈夫、大丈夫。どうしたの?」
答えがわかっている質問をしてしまう。
「あの~~、エディブルフラワーのフェアー企画なんですけど、いまどんな感じなのかなって思いまして……」
やっぱり……。
「そ、そうだよね。五日間も連絡しないで、本当にごめんね」
焦って、声をうわずらせながら、
「実は、委託販売の交渉をする生産者さんを探してるんだけど、急に物流倉庫の仕事が忙しくなっちゃって、なかなか休みが取れない状況なんだよね……」
心の中で「優子、ウソついてゴメン!」と両手を合わせ、深々と頭を下げる。
「そうでしたか……。なんか、私のほうこそ、ゆかりさんへ無理なことをお願いしちゃってすいませんでした。よくよく考えたら、ゆかりさんの大事な有給休暇を、お店のフェアー企画に使ってもらうなんて甘え過ぎでした。今度また、ゆかりさんの仕事が落ち着いた頃に、改めてエディブルフラワーの事を教えてください」
せっかく手に入れたチャンスの種が芽を出す前に枯れていく。
自分の夢が、可能性が、永遠に失われるような失望感に襲われた。
「ちょ、ちょっと待って、優子! お願い、待って!」
電話の向こうにいる優子へ叫ぶ。
「ど、どうしたんですか、ゆかりさん?」
驚いたような声で返す優子に、
「私にあと三日だけちょうだい! エディブルフラワーのフェアー企画に協力してくれる生産者さんを必ず見つけ出すから!!」
「でも、物流倉庫のお仕事が忙しいのに……」
「大丈夫だから!」
優子の言葉をさえぎり、
「これ以上、優子に迷惑かけられないし、エディブルフラワーのフェアー企画を無理してでも実現させないと、私自身が後悔すると思うから。だから、お願い! 三日間だけ、私にちょうだい!!」
「わかりました。でも、私にできることがあったら、遠慮しないで連絡くださいね」
私は、優子との電話を切るなり、スマホのスケジュール表を開き、明後日からの二日間を有給休暇と打ち込んだ。
明日は幸いなことに日曜日だから、有給休暇の二日間と合わせれば、エディブルフラワーのために三日間動ける。
急な休暇願いで、鬼瓦センター長から電話口で怒鳴られるかもしれないけれど、謝り倒してなんとかやり過ごそう。
「それより、問題はどこの生産者さんに連絡するか、よね……」
壁にぶら下がっている『木札のお守り』へ手を合わせ、
「お願いします! 誰に連絡すればいいのか教えてください! 私にはもう三日間しか猶予がないんです!!」
けれども、木札はうんともすんとも答えてくれない。
実は、悩んでいたこの五日間、毎日、木札にどうしたらいいのかを尋ねていた。
けれども、木札は超古代文明の英知テクノロジーを集約した(という)、ゆらゆらホログラムの3D文字を宙に浮かべてくれなかったのだ。
「自分で考えろ、ってことなのね。板のくせに偉そうなんだから……」
ガックリ気分を癒すため、エディブルフラワーの本を開いて、可憐な花冠をアレンジメントした料理の写真を眺め始めた。
「こんなにも華やかなお花の料理が、自分でも作れたら楽しいだろうなあ」
しだいに心が和らいでいき、
「この本を書いた作家さんに会ってみたいなあ……」
不意に、ゆらゆらとした3D文字が、頭の中に浮かび上がってくる。
『面白いなら動け!!』
『第六感に従え!!』
それは、木札が以前にアドバイスしてくれた、極意の2つ。
私の中で、もやもやしていた悩みが少しづつ解けていく。
「そっか……。私が話したかったのは、生産者さんじゃなくて、本の作者さんのほうだったんだ!」
さっきまでの重苦しい気持ちがウソのように、心の中がワクワクしてくる。
「作者さんへ連絡をして、色々と相談させてもらいながら、フェアー企画に協力してくれそうな生産者さんを紹介してもらえばいいんだ!!」
急いで、著者のプロフィールが書かれている奥付ページを開く。
著者は、平川あざみさん。
アロマテラピーやバッチフラワーセラピーなどの自然療法を専門に研究を続けていて、癒しの仕事に長年携わっている人であることがわかった。
早速、インターネットで、平川あざみさんのことを検索すると、すぐにホームページが見つかった。
エディブルフラワーの他にも、精油やハーブ、バッチフラワーの本もたくさん書いていて、ヒーリング業界ではカリスマ的存在の人であることがわかった。
平川あざみさんのことを知ると同時に、私はまた怖じ気づいてしまった。
たった一店舗のフェアー企画のためだけに、ヒーリング業界のカリスマ、平川あざみさんへ連絡をすることがすごく失礼なことのように感じられたのだ。
「どうせ連絡したって、相手にされないよね……」
美しい花柄模様があしらわれた、平川あざみさんのお洒落なホームページを眺めながらあきらめかけた、その時 ──。
ガシャン!!
大きな音が、部屋中に響き渡った。
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