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パリ2024を包み込んだVictor le Masneの音楽とパラリンピック
年末、やり残したことが途方もなく多いことに気づきつつ気分転換に手をだすということが起きるものです。しかし、それはやはり重要なことでもあると思います。今回はどうしても頭の中から離れないメロディ、Paris2024のセレモニーの旋律があり、そこで起きたことの記憶があります。作曲家のインタビュー動画をAIで文字起こししてDeep-Lで日本語に訳しながらこの音楽の背景とParis La Défense Arenaでのビクトリー・セレモニーに想いを馳せます。
あなたもパリ2024へ現実逃避したくなったら、アップルミュージックやSpotifyで検索して、素晴らしい音楽とともにしばし記憶したことを思い出してみてください。
音楽の力とビクトリー・セレモニー
Victor le Masneの「Parade」が流れるビクトリー・セレモニーで、会場のテンションは一気に高まりました。まるで「スポーツは社会を変える」という言葉を音楽で体現するかのように、説得力のあるメロディーで観客を魅了しました。クラシックとエレクトリックが融合し、歓声と鼓動が一体となり、まるで音楽そのものが生きているかのようでした。
創作の過程とインスピレーション
2024年5月8日、マルセイユで行われた聖火到着セレモニーで、「Parade」が初めて披露されました。オーケストラによる静かな幕開けに始まり、徐々に心臓の鼓動を打つリズムに変わり、アスリートの情熱と人間の可能性が花開く競技の瞬間へ心を踊らせながら誘います。
Victor le Masneは「ピアノの前に座ると自然とこのメロディーが浮かんできた」と言います。彼の音楽には、スポーツと文化、アートが深く結びついており、感情やテーマがメロディに織り込まれています。
Victor le Masneの音楽が伝えたもの
Victor le Masneの「Parade」には、パリの素晴らしいスポーツ文化を讃えるだけでなく、その大観客が目にした現実を驚きを持って受けとめ、100年の歴史を次の100年へ運ぼうとする意志が表れています。パリで起きた様々なスポーツのシーン、パリの名所中の名所を活用した仮設スタジアムで行われたこと、そこでの世界最高峰のスポーツの全体を伝える音楽には威力がありました。
パリで感じた文化へのこだわり
パリ2024は、フランスの文化へのこだわりそのものでした。スポーツやアートを高めようとする情熱、世界中から30万人の応募があったというボランティアの根強さ、大会を楽しむことへの意欲の高さが伝わってきました。パラリンピックをより良いものにしようとする人々の協力と情熱が、大会の成功に大きく貢献したと思います。
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こうしたフランスでの文化への思い、高まりは、オリンピックを育んだヨーロッパの中枢国であることを明確にわからせてくれました。
「スポーツ離れに対策し“市民の開かれた大会”をコンセプトにした」と言われますが、文化を守ることの重要性を知っているからこそ生まれたコンセプトであると感じます。
日本ではまだそこまでスポーツそのものが文化として成熟していないと思います。私たちはあらゆる角度から文化の価値を見つめ、芽から育むことができればと思います。
革命の国のパラリンピック
初めてのパラリンピック開催によって、フランス人たちは自国のバリアフリーの大きな遅れを目の当たりにしましたが、これを学びとして経験し、反省し、共有することに前向きでした。
パラリンピック最終日のメディアブリーフィングでは、多くの予算がバリアフリーに割かれることが伝えられ、革命の国フランスの実行力を示しています。オリンピックが閉幕しパラリンピック開幕までどんな大会になるのか?後退してしまうのか?という不安もありましたが、良い意味で裏切られたと思います。
オリンピック・パラリンピックが真に一つに
かつて「パラリンピックの成功がロンドン2012の成功」と言われ、ロンドン2012はそれを成し遂げました。東京はロンドンを真似する路線を整えていきました。大会ごとに成長してきましたが、パラリンピック発祥の地で開催されることで新たな時代を築いたと思います。
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パリ2024の場合、地球環境、セーヌ川の水質問題、移民・貧困問題など多岐にわたる社会問題が掲げられオリンピックでは社会問題のオンパレード状態でしたが、障害者問題はそれがメインだったロンドン大会に比べると注目度が低く感じられたまま、パラリンピックの開幕を迎えました。
結果は「ベンチマーク」という言葉が示す通り、大会はパラリンピックが真にユニークな一つのスポーツとして行われたと感じられました。
障害者の人権は革命の国フランスが抱える大きな課題であり、ここから突き進むこととなります。そこに「革命」という言葉は使われませんでしたが、根底にはそれがあり、フランス人の多くが平等に享受できる文化への情熱、その本気度が試されました。フランス文化への深い敬意と憧れを感じさせるものになったと思います。
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最後に、Victor le Masneの音楽の話に戻りますが、彼の「Parade」がパリ2024の最後まで大会に彩りを増し、観客とアスリートの心を一つにしました。Victor le Masneの音楽は、パリ2024パラリンピックのセレモニーに華やかさを加え、観客とアスリートの心を一つにしたのです。
かつてロンドン2012のテーマソング「Chariots of Fire(映画・炎のランナーより;Vangelis)」は、パラリンピックでは使われませんでした。
今回 パリの「Parade」は、オリンピック・パラリンピックの精神そのものを新たにし、フランス文化への深い敬意と憧れを感じさせるものでした。
だからといってロンドンパラリンピックが色褪せるのか?といえば、全くそうではないと思います。ただ、確かにパリは当たり前を変えたのです。
<参考 インタビュー>
ヴィクトル・ル・マンス:パリ2024公式テーマソング「パレード」の制作過程(2024/9/13インタビュー)
https://olympics.com/en/paris-2024/videos/victor-le-masne-creation-parade-official-paris-2024-anthem-interview