あわや一家離散!?40年間の見守りの秘訣 サメ野マグネットさんインタビュー
実家にひとつかふたつは存在する、”これいつからあるの”グッズ。帰省や帰郷の際、あなたも目にしたことがあるのでは?
サメ野マグネットさんは、40年もの間、揺れ動く家族を見つめてきた。「私は傍観者ですから。」見た目とは裏腹の、謙虚な姿勢を保ち続けるサメ野さんにお話を伺った。
思いがけない出会い
――サメ野さんは辻山家を40年間見守ってきたとのことですが、最初に辻山家に来たときのことは覚えてらっしゃいますか?
サメ野マグネット(以下、サメ野) セブ島で春夫さんと出会ったんですよね。当時春夫さんは26歳とかで若くて。
私はベトナムで生まれたんですよ。まあこんな姿ですから、フィリピンのセブに行くってことはわかってたんですけど。
春夫さんは社員旅行で来て、彼女――美代子さんですけど――に何らかお土産を買わないとって焦ってたみたいですね。それで私が選ばれた。たぶん私じゃなくてもよかったんです。
最初の冷蔵庫は、いわゆる2ドアでした。貼りつきやすかったなぁ。
――私じゃなくてもよかった、とのことですが、ご自身の姿に自信があるわけではない?
サメ野 私みたいのはどこにでもいます。自分の姿でいいな、と思っているのはサメの臀びれくらい。他のひれとは色が違って芸が細かいから。
ああ、あとはシリコンの中に磁石が入っているから、時間が経っても磁力が衰えにくいのは自慢かも。
――辻山家ではどのように過ごされていたんですか?
サメ野 基本的には冷蔵庫に貼りついてきただけ。冷蔵庫は何回か変わりましたけどね。
若かった春夫・美代子夫妻
――どの時期の冷蔵庫が印象に残っていますか?
サメ野 そうだなぁ……。
最初の冷蔵庫、一人暮らしで使うような2ドアですけど、いつも汚れてましたよ。というのも、美代子さんは主婦1年目で、なかなか冷蔵庫を掃除しようという発想がない。だいたい焼肉のたれやケチャップ、玉ねぎの皮で汚れていましたね。
あの頃、春夫さんは長時間労働をしていましたし、家事は美代子さんに任せっきりだった。
美代子さんは掃除も料理も苦手なのか、度々キッチンで泣いていました。いや、苦手っていうんじゃないですね。美代子さんは故郷から出てきて知り合いがいなかった。
まぁ私だって海を越えてやってきてるから知り合いはいないですよ。
MADE in Vietnamはよく見るけど。いやとにかく、孤独だったんですかね。
あとは、どんなに疲れていても家事をする義務があるというプレッシャーを、春夫さんに理解してもらえないのが悲しかったのかもしれません。
宝物としてのサメ野さんと理央さん
――2台目の冷蔵庫のときはどうでしたか?
サメ野 2台目は、引っ越して何年か経ったときかな。
あ、そうそう、理央ちゃんが小学生になってから引っ越したんだ。3ドアで7万円くらいじゃないのかな。
――引っ越し先に連れていくくらい、サメ野さんが大事だった。
サメ野 大事だったわけではないんじゃないですか。冷蔵庫にくっついてるからそのまま、って感じでしょ。
ああ、でもね、春夫さんはそんなにプレゼントをしないんです。するとしたら消えものですね。私がほぼ唯一、春夫さんが美代子さんに贈った形に残るものだからかもしれないですね。
――なるほど。大事にされていたんだと思います。
何か思い出はありますか?
サメ野 2台目の冷蔵庫の時分は色々ありますよ。何せ理央ちゃんも小さかったし。
理央ちゃんが小学2年生くらいのことだったかなぁ。
理央ちゃんは家でも学校でも絵ばっかり描いてるおとなしい子でした。あるとき、好きな男の子の絵を描いていたら、いじめっ子にバレて大声でからかわれたらしいんです。
でも理央ちゃんは言い返せなかった。それで泣きながら家に帰ってきたんです。
その話を聞いた春夫さんは、いじめっ子に立ち向かえって励ましてました。
美代子さんは「何にも恥ずかしくないから」って言って、私を使って冷蔵庫に理央ちゃんの絵を貼ったんです。私もしっかり支えなきゃと思って背筋がしゃんとしましたよ。落としたら事ですからね。
――理央さんの絵の他には、何を貼りましたか?
サメ野 一時期ゴミの分別表を貼っていたこともありますよ。引っ越してすぐは何曜日にゴミを出せばいいかわかりませんからね。
知られざる家族崩壊の危機
サメ野 あ、あとはね、何を貼ったっていうんじゃないけど、私が役に立ったなと思うことが1つあって。
理央ちゃんが中学生のときかな。春夫さん、浮気してたことがあったんですよ。
私なんかはしがないマグネットですから、惚れた腫れたに関しては門外漢ですよ。でも私だけが知っています。春夫さんは会社の若い部下と不倫していた。
――なぜわかったのですか?
サメ野 美代子さんの外出中とか夜中に、春夫さんが電話の子機をキッチンに持ち込んで話していたんでね。
しばらくの間は春夫さんも舞い上がってるのか、夢中で電話していて周りなんか見ちゃいないんです。でもね、ある日電話中にふと、冷蔵庫に目を留めました。
私がいるわけです。春夫さんは固まりましたよ。
その後は春夫さんがキッチンでこそこそ電話することはなくなった。
――それはつまり……?
サメ野 春夫さんは、結婚前に自分の贈ったマグネット――私ですが――を、美代子さんが未だにとっておいているとは思わなかったんじゃないですか。
――サメ野さんが2人の仲を取り持ったわけですね。
サメ野 まぁそんな大げさなことではないですけどね。
ガラスドアの急襲と理央さんの進路
――では、3台目の冷蔵庫のときのことはどうですか。
サメ野 これがね、大事件ですよ。新しい冷蔵庫は、いわゆるガラスドアってやつだったんです。つまりドアにマグネットはくっつかないわけですよ。
焦りましたよ。私なんてものは、冷蔵庫に貼られる以外に使い道はないですから。
――どう窮地を脱したんですか?
サメ野 幸いなことに、側面は磁石がくっつくタイプでした。だから今度は、ラップやアルミホイルなんかと一緒に側面に貼りついていました。
辻山家の話でいうと……。
理央ちゃんが高校生の頃、両親と大喧嘩したんですよね。
というのも、理央ちゃんは得意な絵を極めるために美術大学に進みたいというものですから。
春夫さんも美代子さんも難色を示してましたね。学費も高いですからね、美術大学というのは。
それに本当のところは知りませんけど、卒業後の進路が難しいらしいですね。だからもっと安定した分野を専攻してほしかったみたいですよ。
サメ野 私は理央ちゃんのことを応援してました。理央ちゃんは、小さい頃に私の絵を描いてくれたことがあるのでね。「悪そうな顔してるサメだ」とか言ってね。
マグネットからしたら、学費とか就職とかどうでもいいしね。
――結果的に、理央さんは美術大学へ進まれたのですか?
サメ野 反対を押し切って行ったみたいですよ。
理央ちゃんが家を出てから、ずいぶん静かになりましたよ。春夫さんも美代子さんも、全然理央ちゃんの話をしなくなっちゃったし。
理央さんが結婚!?青天の霹靂
サメ野 そうそう、3台目の冷蔵庫は割とすぐ壊れてしまって。次に高い冷蔵庫になりました。フレンチドアですよ。最初はちょっと取っつきにくかったですね。
――どのような思い出がありますか?
サメ野 もうこれはここ5年くらいの話ですかね。
ほぼ連絡を取っていなかった理央ちゃんが、結婚するから彼と挨拶に来るなんて言うんですよ。
春夫さんと美代子さんはてんやわんやです。青天の霹靂っていうんですか?
私も挨拶に来た彼――悠馬くんを見ました。びっくりしましたよ。理央ちゃんが小学生の時に好きだった男の子でした。
目の下にほくろが2つあるんでわかったんです。私が絵を貼っていたんだから間違いないですよ。
――ええ……!?本当ですか?
サメ野 ええ。とはいえ、大学に入ってからしばらく梨の礫だったもんですから、挨拶はあんまりうまくいっていませんでした。人間って難しいですね。
――そのときもサメ野さんが助けてくれた?
サメ野 いやあ、私はただのマグネットですから、できることは限られています。
でも……、気まずくなったのか、理央ちゃんがキッチンにやってきまして。そこで私の存在に気が付いてくれました。「このマグネット、私が子供のころからあるよね」って、デザートの用意をしている美代子さんに言うんです。
美代子さんも思い出したみたいです。春夫さんがくれたほとんど唯一の贈り物であること、歴代すべての冷蔵庫についていること、理央ちゃんの絵を貼ったこと。
サメ野 それで、美代子さんはマグネットを食卓に持っていきました。「あなたが結婚前に買ってくれたセブ島のお土産よ」って。春夫さんはくっと目を見開いて、「まだ持ってたのか」と言ってましたね。
そこからは多少和やかになったように思います。理央ちゃんの小さい頃の思い出を話したりしてね。
今度理央ちゃんと、悠馬くんがうちで暮らすことになりましたね。
子供が生まれるから、祖父母の手があった方が何かと助かるんでしょ。
――辻山家の歴史が、サメ野さんに詰まっていますね。
サメ野 大したことはないですけどね。
サメ野さんの今後
――この先、どうなると思いますか?
サメ野 私がいつまで冷蔵庫に貼りついたままかっていうのはわからないです。ある日突然ゴミ箱に行くことになるかもしれないけど、今は気にしていないかな。考えたって無駄ですからね。
美代子さんはまだ私を捨てる気配がないから、まだもう少し、冷蔵庫にくっついて辻山家と板野家を見ておいてやりますよ。
――本日はどうもありがとうございました。
またぜひインタビューさせてくださいね。
サメ野 ぜひぜひ。そろそろ冷蔵庫に戻らないと、美代子さんが買い物から帰ってくる時間ですよ。
(取材・文・撮影 板野悠馬)
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