【エッセイ】私の「○○でしか得られない栄養がある」
たまにYoutubeのコメント欄やTwitterで見るやつ。
私にとっての○○は何かなぁと思った。
モンスターエナジーパイプラインパンチ
ウィンストンキャスター5mm
線香の煙
ひとりで値引きされた惣菜をテーブルの上に並べて、誰の目も気にせずお腹いっぱい食べること
自分でつくったキャラクターが勝手に考えたり喋ったりすること
髪の毛を自分で切ること
けっこうあった。
今日は線香の煙について書こうと思う。
線香の煙は、祖父が亡くなったときを思い出す。
祖父は口数が少なかったが、私たち孫をかわいがってくれた。休みの日、よくドライブに連れていってくれて、ソフトクリームをごちそうになった。
私が小学二年生くらいのときに、祖父は入院した。詳しい病名はわからないが、肺炎か何かだった気がする。みるみるうちに人工呼吸器がつき、祖父は話せなくなった(※)。
意思疎通が取れずに困る祖母を見かねて、父はひらがな五十音が書かれたボードを用意した。ひらがなを指差し単語を作ってもらうことで、コミュニケーションを図ることにしたのだ。
祖父がボードを手にして、最初に指差したのは私たち孫の名前だった。嬉しそうに一文字ずつ、三姉妹の名を指で辿った。
その場面を、今でも鮮明に覚えている。
祖父が亡くなったとき、数日間小学校を休んだ。
一応空気を読み泣いたりはしたが、強烈に悲しみが襲ってくるというほどでもなかった。もちろん祖父のことは好きだった。でも、昔も今も、祖父母との心理的距離はそこまで近くない。
小学校を休んで、祖父母の家を訪れる親戚や知り合いを見ていた。線香の煙の匂いが漂う中、私は楽しさを感じていた。喪に服すというのが目新しくて興味深かったからだ。皆、黒い服を着て神妙な面持ちだった。皆、礼節を弁え(一部弁えていない人もいたが)祈っていた。
大人になった今、近しい人が亡くなったとしたら、楽しいと思う暇はないだろう。葬式は生きている人が悲しみに押しつぶされないよう、忙しく動くためにあるそうだ。
何の苦悩も葛藤もなく喪に服す人々を眺めていられた、子供の頃の純粋な高揚が(疑似的にではあるが)線香の煙によって再生する。他にこの感覚を得られるものは、まだ見つかっていない。
※人工呼吸器が原因で話せなくなったわけではない可能性大。
調べたら人工呼吸器をつけても会話に支障はきたすことはないと書いてあるし。
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