【小説】真希川つな子が死んだらしい
真希川つな子が死んだらしい。
彼女の訃報は、SNSのトレンド欄で知った。息が詰まるほどの人だかりの中で、下りの電車を待っていた。何の気なしにスマートフォンをショルダーバッグから取り出した。流れるようにアイコンをタップして、いつも見ているホーム画面に戻ってくる。トレンド欄には、「真希川さん」、「真希川つな子」、「真希川つな子逝去」と並んでいた。途端に辺りはぼんやりと灰がかり、解像度が下がっていった。
押しつ押されつ、小さなステンレスの箱にすし詰めになる。体はぎゅうぎゅう圧迫されているはずなのに、まるで温度を感じない。脳裏に真希川つな子の顔が浮かぶ。髪、眉、目、鼻、唇。そして気付いた。私は真希川つな子の形をよく覚えていなかった。
やっとのことで這い出して、足早に帰路につく。今日もまたコンビニ弁当にしよう。近頃のコンビニ弁当は、私がつくる料理もどきなんかよりずっと上等だ。
ビニール袋を引っ提げ更に歩く。真希川つな子といえば、まず代表番組の「龍前・真希川の言いたい放題!」が思い浮かぶ。おそらく私が生まれる前に始まって、つい最近まで続いていたはずだ。小学生の頃、二、三回テレビに流れているのを横目で見たことがある。最終回はネットで話題になっていたから、動画サイトで違法アップロードされたものを視聴した。
傘をさすには至らないほどの小雨が降っていた。濡れたアスファルトが信号機の赤を反射して、虚ろに私を見つめている。
無言でがちゃりとドアノブを回す。玄関の壁を手探りで叩くと照明がついた。家の奥に進みながら、手当たり次第にスイッチを押していく。暗闇が私を飲み込む前に、急いで対抗しなければならなかった。
ダイニングテーブルには、飲みさしのカフェオレのペットボトルが所在なげに立っている。もう九月も下旬とはいえ、日中それなりに温度が高かったから後で捨てよう。
既に温まっている弁当のテープを剥がし、スマートフォンのブラウザで「真希川つな子」と検索した。複数のニュースサイトがヒット、その次は誰もが編集できるウェブ百科事典だ。
真希川つな子、一九五二年フランス・パリ生まれ。笑ってしまうほど肩書きがある。彼女はただのタレントではなかったのだ。一人目の夫は若くして亡くなり、二人目の夫とは半年で離婚。以来独り身だったらしい。若い頃から毅然とした物言いと飾らない人柄で世の女性の支持を一手に集め、多方面で活躍した。公表されてから数時間しか経っていないのに、ウェブ百科事典には既に「二〇二二年九月二十二日、心不全で死去。」とあった。
私の知らないところで知らない人が知らない日常を謳歌し知らない死因で死んでいく。私の人生と彼女の人生の接点はまるでなかったし、彼女のことを思案したことだって一度もない。それなのに、細い細い尖った針が私の胸を貫いている。
六十九歳。現代日本の女性の寿命からして大往生とは言えないだろう。寿命をシェアできたらいいのに、と思う。死にたい人が、生きたい人に寿命を託して逝けるのなら、どれほど幸せなことだろう。
真希川つな子に私の寿命をあげたかった。真希川つな子ならきっと、この命を燃やしてくれるだろうと思った。何も知らないのに。彼女の好きな色も好きな飲み物も愛車も愛犬も知らないのに。
私は彼女の死に仮託して自らの問題を語っているに過ぎなかった。名前と顔をぼんやり知っているだけの遠い人だから。どうでもいいと思っているから。傷ついたふりをして、他人の死さえも自意識で巻き取る図々しさに辟易する。
立ち上がって冷蔵庫から発泡酒を取り出す。平日は飲まないことにしているが今日は特別だ。かしゅ、とプルタブが音を立てる。
「ご冥福を、お祈りします。」
小さく呟いて缶を傾けた。喉奥を炭酸が刺激する。舌に残った鋭利な苦味を、瞼を閉じていつまでも反芻した。
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