23 愛しのサイバネティクス-フォルクハルトside

「愛しのサイバネティクス」のフォルクハルト視点の話

ハルキがバスルームに向かうのを見かけて、ふと気になった事があったのを思い出す。眺めていたネットニュースから、顔を上げて声をかけてる。
「そういえば風呂ってどうしてるんだ?」
「なんだ今更。完全防水だから普通だが?」
答えを聞いて、プールに入っていたのだから、それはそうか。と思い出す。
ハルキがニヤリと笑った。
「一緒に入るか?」
言われて、濡れたサイバネとその接合部を想像して唾を飲み込む。魅惑的な誘いだとは思ったが、一緒に入るのはさすがに不味いだろう。
「…いや、それはやめておこう」
「なんだ、洗ってくれないのか?」
サイバネ洗うというのはどういう感じなのだろうか。とても興味がある。が、カワトが鬼の形相で怒髪天をついてるのが同時に思い浮かぶ。
カワトにバレなければいい話ではあるが、ハルキがカワトに言わない筈はない。
「やてめおこう…」
ハルキはつまらなそうな顔をして、一人で風呂に入っていった。
そういえば、一度じっくりサイバネを見せて欲しいとは思っていた。アーム部分なら頼めば見せてもらえるかもしれない。

ハルキがバスルームから出てきたのを見計らって、頼んでみようと見ていたら、視線を感じたのかハルキから声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「その…少しサイバネ部分を見せてもらってもいいだろうか?」
ハルキは少し驚いたようだった。
「あ、ああ…構わないが…」
戸惑っているようにも見えたが、ハルキは隣に座って、左腕を差し出した。それを手に取り、先端から検める。
指先の細かい関節の造り、手のひらは案外複雑な構造になってる。手首の関節は球体も使っているのだろうか人間のそれとは異なるようだ。前腕の滑らかな曲線も美しい。
「あんまりじっくり見られると恥ずかしいな」
肘関節は人体同様に屈伸と回転が可能になっている。上腕は強度のためかやや重厚。その先の肩関節…
ハルキの「ひゃっ」という声に我に返りTシャツの袖を捲ってしまった事に気づく。
慌てて手を離して体を引く。
「すまない!夢中になりすぎた!」
ハルキは向こうを向いて、固まっていた。
「だ…大丈夫だ。べ、別にサイバネくらい二人の時じゃなくても見せてやるのに…」
声から動揺しているのかわかる。驚かせてしまったようで、少し後悔する。
「でもカワトが嫌がるだろ」
「ミドリが?」
カワトの怪訝な顔を思い出し、目を伏せる。
「カワトには、嫌われてるからな」
「そうなのか?」
「最初の方に彼女の造るサイバネの素晴らしさに感銘を受けたと伝えたら、何故かものすごく怪訝な顔をされて、それから何か嫌われている気がする。自分が造った物を褒められたら一般的には喜ばれると思うんだが」
「ふーん」
ハルキは少し落ち着いてきたらしく、いつものトーンに戻っていた。
「あ、そうだ。ついでだから腕の外し方を教えておく」
「?」
腕の外し方。そういえば寝る前に外しているのを見たような気もする。しかし、教えられる意味がわからない。
「一応、寝る前に外さないといけないんだが、酒を飲んで寝てしまうとそのままになったりしてミドリにバレて怒られるので、そう言う時は腕を外して欲しい。運ぶ時も外したほうが運びやすい。」
そういえば、ハルキはソファでそのまま寝ている事もある。腕を外してベッドに運べということか。
「…わかった」
ハルキは自ら袖を捲り上げて肩と腋を見せた。
「まず、鎖骨と肩の付け根、それから腋に取り外し用のボタンがあるから、そこを同時に押す。ここだ。」
ハルキが押して見せる。なるほど、こうなっているのか。頷いてみせると、ハルキは続けた。
「それから、肩のうしろ肩甲骨と繋がってるあたりに指を差し込んで前に引く。こんな感じだ。」
一度外してみせて、付け直す。
「やってみてくれ。わかるか?ここだ」
触っていいのか若干躊躇した手を取り、ハルキは小さな手を添えてボタンの場所を教えてくれた。ハルキがびくりとする。胸に触れてしまっただろうか。
「すまん…大丈夫か?その…この辺りの感覚はどうなってるんだ?」
「いや、いい。怪我や異常があった時に気付けるように触覚はあるが、気にしなくていい」
触れてはいけない物に触れているようで、手が汗ばむ。
「ミドリ以外に外してもらうのは、なんだか恥ずかしいな…」
肩口の隙間に指を挿し入れると、少しひんやりとしていた。ハルキが何かに耐えるように、少し震えて体を縮ませる。自分の心拍が上がっているのを感じるが、息ができない。

ガチっと音がして腕が外れた。
「なるほど…わかった…」

ようやく呼吸をするが、心拍数がかなり上がっている。ドクドクと血流の流れを感じる。なんとか平静を装っているが、気付かれていないだろうか。
少しの間外れたアームを見つめてはみたが、これ以上は限界だった。ハルキにアームを返し立ち上がる。
「風呂に入ってくる」

冷たいシャワーで、体と頭を冷やしてみたが、なかなか気持ちは落ち着きそうになかった。
(なんだこれ。ものすごく興奮する。ダメだろ、反則だ。こんなことをハルキが寝ている間にやれと???ハルキもやれと言っておきながら、なんなんだあの反応は。)
ハルキの何かに耐えるような顔を思い出して、また気持ちが掻き乱される。
(あれじゃあ、まるで…何か……いかがわしい事をしてるみたいじゃないか…)
気持ちと体が落ち着くまでには、かなり時間がかかった。

おまけ

「起きろハルキ。こんなところで寝るんじゃない。おい!」
ソファで寝ているハルキを起こそうと声をかけたが、全く起きる気配がない。酒を飲むといつもこれだ。体をゆすってみたが、むにゃむに言うだけで、これも効果はなかった。
(これはもしや例の腕を外すヤツをやらなければならないのか?)
フォルクハルトは、軽く絶望した。
いいのか?本当に?本人が寝てるのに?だかしかし、やらないとカワトに(ハルキが)怒られる。頼まれて了承もしてしまった手前放っておくのも気が引けた。
落ち着け。何もいかがわしいことをするわけではない。いかがわしい気持ちにはなるが、別にいかがわしい事ではない。腕を外すだけだ。大丈夫だ。本人に頼まれている事であって、無断でなんかそういうアレではない。
フォルクハルトは深呼吸した。
袖をまくると肩と腋があらわになる。ハルキの何かに耐えるような表情を思い出し、唾を飲む。心拍数があがっている。ダメだ。何をやっている。これじゃあ変態じゃないか。
フォルクハルトはもう一度深呼吸をした。
胸に触れない様気をつけながら二つのボタンを同時に押す。
さらにもう一度深呼吸をして気持ちを落ち着けて、肩口に指を差し入れる。少しひんやりとした隙間にグッと入れ込む。
「ん…」
ハルキの声に心臓が早鐘のようになる。起きるのか、起きるなら起きてくれた方がいい。起きて自分で腕を外してくれ。
祈りながら少し待ったが起きる気配はなかった。諦めて作業を続ける。
ガチっと音がして腕を取り外すと、それをハルキのベッドの脇に置いて、とりあえずひと心地ついた。
さて次はハルキ自身だ。
フォルクハルトは、どう運ぶのか思案した。
生身の女性であれば抱き上げて運ぶのはたいした事はない。しかし、ハルキにはサイバネ分の重量がある。背負うか、肩に担ぐか。
ソファに仰向けにの転がっている人間を背負うのは一人でするのはやや難しい。
肩に担ぐ場合、サイバネの重量部分を考えると、どの方法もハルキの生体部分への負担が大きいように思えた。ハルキの右腕を自分の肩にかけたとして、重いのは左側だ。腰部分を肩に担ぐと、重量のある上半身がハルキの生身の腰にぶら下がる形になる。どちらも、あまり良い方法には思えなかった。
サイバネ側を自分の体に寄せて抱き上げるのが無難か。重量は覚悟の上だが、すぐそこまでなら運べる距離だ。
フォルクハルトは息を吐き、吸い直して全身に力を込めた。ハルキを抱き上げてベッドまで運ぶ。かなり重い。
何とか運び終えて、ふうと息をつく。見ると、服の隙間から、気楽に眠っているハルキの金属質な腹がわずかに覗いていた。
無防備過ぎる。
サイバネアームを外した時の興奮が残っているのか、よくない思考が頭を過ぎる。
少しくらい触ってもいいのでは?
すぐ手の届く所に、望むものがある。あの時はアームだけで我慢したが、本当は腹部、背面、胸部も触れて確かめたい。生体との接合部分はどうなっているのだろう。知的好奇心ではない欲望がそこにはあった。
(駄目だ!)
越えてはいけない一線だ。意識のない人間の体を勝手に触るなど…
「ん…」
ハルキが何か寝言を言ってる。
「トミ…タロ…」
その瞬間、フォルクハルトの中で盛り上がっていた色々なものがスッと引いた。
(このタイミングで他の男の名前言うか?)
いや、ただの寝言なのはわかっているのだが。
フォルクハルトは、何か釈然としないまま電気を消して、自分のベッドに入り眠りについた。

次の日。
「フォルトさん、今日なんか僕に当たりキツくないですか?」
トミタロウに言われてフォルクハルトは耳の後ろを掻きながら「そんなことは、ない」と答えた。
ちなみにハルキにどんな夢を見てたいのか聞いたが「なんか見たかな?覚えてない」と言われた。

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