3 三度の飯より君が好き
D区画サテライトオフィスから5分ほど歩いたところにあるトンカツ屋で、フォルクハルトとハルキ、トミタロウの3人は食事をとっていた。フォルクハルトとハルキは、仕事終わりに一緒に食事をしている事が多いようで、トミタロウも度々そこに入れてもらっていた。
それなりに店の入れ替わりのあるこの地区で20年続いている店で、ご飯と味噌汁とキャベツはおかわり自由だ。4人掛けのテーブル席で、フォルクハルトとハルキが向かい合い、トミタロウはフォルクハルトの隣に座っていた。
トミタロウは食べながら二人を眺めて、前々から思っていた事を口にする。
「お二人は、ご飯食べてる時、本当に幸せそうですね」
二人の箸が止まり、トミタロウの方を見る。
「そうか?」
「フォルクハルトはともかく、私はそんな事はない」
ハルキは眉根を寄せて否定する。トミタロウは「さっきまで幸せそうな顔してたけどなあ」と思ったが、面倒な事になりそうなので口に出すのはやめた。
「いやハルキだって…?」
フォルクハルトは何か言おうとしたものの、途中で口篭った。
「フォルクハルトは飯の時は飯のことしか考えていないから、他人の顔など見ていないだろ」
ハルキに冷めた口調で言われ、フォルクハルトは耳の後ろを掻いて目を逸らせながら否定した。
「そんなことは…ない」
「嘘つけ。」
ハルキに即座に言い返されて黙る。
「私は飯はエネルギー補給としか思っていないからな」
ハルキの言葉に、フォルクハルトはやや釈然としない顔をしていたが「そうか。分かり合えんな」と言って食事に戻った。食べ始めると、また、幸せそうな表情になる。
ハルキも食事に戻ると幸せそうな顔に戻る。
(やっぱり二人とも食べるの好きなんだなあ)
トミタロウは幸せそうな二人を眺めながら食事を続けた。フォルクハルトはご飯を2杯おかわりした。
翌日。ハルキとトミタロウは近所のカレー屋のカウンターで食事をしていた。フォルクハルトは報告書を書いてから行くと言っていたので、二人で先に来たのだ。
「報告書はいつもフォルトさんが書いてるんですか?」
「あー前に私が書いたら直しが多過ぎると言われて、以来フォルクハルトが書いているな」
「そうなんですね。さっき、新人なんで僕がやりますって言ったんですけど、今はまだいい。もう少し仕事に慣れたらって言われたんですよね」
「ふーん」
ハルキは特に感慨もない様子でカレーを食べていた。
「そういえば今日はそんな幸せそうでもないですね」
「だから私は別に食事にそこまで思い入れはないと言ってるだろう」
「?」
カレーよりトンカツの方が好きという事なのだろうか。
店員の気合いの入った「らっしゃいませー!」という声に入り口を見るとフォルクハルトが入ってきたところだった。
「もう食い終わった所か?」
空いていたトミタロウの隣の席に来てハンバーグ、卵、ウインナートッピングの大盛りを注文する。
「遅かったな」
「まあな…」
フォルクハルトは運ばれてきた水を飲んで一息つく。
「そういえば、ミドリさんは一緒に食べる事ないんですか?」
トミタロウの問いに、二人は少し考えた。
「カワトは…最初は何回か来てたが、最近は来ないな」
「ミドリは自炊派だからな。あと、私達が食べてるの見てるだけで胃がもたれるって言ってた」
トミタロウは、この人たち確かにいつもガッツリ系の店だなと思った。どちらかと言えば頭脳労働のミドリには合わないのだろう。
「お二人は自炊しないんですか?」
「休みの日たまに作るぐらいだな。一人分を作るのって面倒だし」
トミタロウの問いにハルキが答える。フォルクハルトは「そうだな」と同意を示した。
「僕、仕事始めてから一人暮らし始めたんですど、たまに人の手作りご飯食べたくなりません?」
「あー、わかる。実家帰った時の親が作ってくれたご飯とか、とてもありがたいよな。」
ハルキはうんうんと共感を示したが、フォルクハルトはこれには首を傾げていた。
「飯は美味ければ過程はどうでもいいだろ。」
ハルキとトミタロウは顔をしかめる。
「人に作ってもらうと愛を感じるだろ?」
「愛では腹は膨れん。」
ハルキに聞かれたが、フォルクハルトは即座にそう返した。
「じゃあ、同じ美味しさだとしたらどうですか?」
「同じ美味しさなら、同じだろ。手間や時間をかけたからといって価値が上がるとは思えん。むしろ同じならローコストでできる方が価値があるとすら言える」
ハルキとトミタロウは「えぇ」と非難するような目を向けたが、フォルクハルトは一切気にした様子はなかった。
「お前には絶対飯を作ってやらん」
ハルキが軽蔑した眼差しで言う。
「こちらとしても、そもそも作ってもらう気もない。だいたい、ハルキは本当に作れるのか?」
フォルクハルトは呆れ顔だ。
「作ってるって言ってるだろうが」
「どうだかな…」
ムスッとしたハルキに、フォルクハルトは小馬鹿にしたようにフッと笑った。
そのうちにフォルクハルトの注文が来た。フォルクハルトはいつもの幸せそうな顔になりカレーを食べ始める。
それを見るうちにハルキの表情が徐々に変わる。さっきまでムスッとしていたはずが、不機嫌さがなくなり、例の幸せそうな顔になっていく。
トミタロウはここに来てようやく気づいた。
(あ…そういうことか…)
ハルキはご飯で幸せになっていた訳ではない。幸せそうにご飯を食べるフォルクハルトを見て、この表情になっていたのだ。同時にサッと血の気が引く。
(あれ?これ…僕は、ここにいていいのか???)
思い返してみると、いつもトミタロウに声をかけるのはフォルクハルトなのだ。ハルキは一度もトミタロウを誘った事はない。二人の様子を見るに、ハルキの片想いである可能性が高い。せっかく二人でご飯を食べられるタイミングに、後輩が入ってきている状態になる。しかも、今は二人に挟まれている。
(ミドリさんが来ないのも、もしかしてそういう?)
二人はとても幸せそうにしている。なるほど、そう思って見ると、これは心理的にも胃にもたれる。そういう風には見えないが、ハルキが腹を立てている可能性も十分にある。
(ダメだ…)
気づいてしまったら、もうこの状況に耐えられない。
トミタロウは立ち上がった。
「あ、僕、そういえばこの後用事があるんだった!」
二人がキョトンとしてトミタロウを見る。
「お先に失礼します!!」
トミタロウはとにかくこの場から離れたかった。
「お疲れー」
ハルキの気のない声を置き去りに、そそくさと会計を済ませて店を後にする。
そして、今後は誘われても行かない事にしたのだった。
設定資料
ワタナベ トミタロウ
渡辺 冨太郎
25歳くらい
男性
身長173cm
体重60kgくらい
12月24日生まれ