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2 はじめての現場

『D3地区に中型アルゴス1体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』

ハルキは「工事中」「通行止め」の看板を見て、自分が盛大なミスを犯した事に気づいた。アルゴスが川の対岸にいる事は目視できたが、対岸に渡るための橋が工事で渡れない。他の橋まではかなり距離がある。
「すまない。経路を間違えた。南の橋から渡るか?」
「少し遠いな…移動してる間に見失う可能性がある。」
フォルクハルトが顎に手を当てて思案する。対岸までの距離は100m前後。
「ここから狙撃する。それが最適解だろう。」
言って周囲を見渡して狙撃に適したポイントを探す。
「トミー、Kアミド3本」
「はい!」
ハルキの指示にトミタロウはアンプルの装填を開始した。アンプルを装填しながらハルキに問う。
「フォルトさんはサイバネ使ってるんですか?」
(ミュラーさんと呼んだら「フォルトでいい。俺もトミーの方が呼びやすい」と言われたのでそう呼ぶことにした。)
「いいや」
「え?生身だけで、この距離で、アレに当たるんですか?最大射程の範囲内ですけど有効射程は大幅に超えてますよね?」
装填の終わった銃をハルキに渡す。ハルキは装填の状態をチェックして「上出来だ」と言ったあとニッと自慢げに微笑んだ。
「フォルクハルトならできる。あいつの精度は人間じゃない」
ハルキは装填の終わった銃をフォルクハルトに渡して戻ってくると、トミタロウから次の銃を受け取り、装填状態をチェックする。
「私もある程度できるが、サイバネの強化があってのものだからな」
「僕、いる必要あります?お二人ならサポートとか要らなくないですか?」
「狙ってる間は防御が疎かになりがちだから、防御面のサポートと、次の武器の準備をお願いしたい」
「はい。わかりました。」
フォルクハルトは橋の上の通行止めギリギリの位置から、対岸を狙っていた。短い赤毛が風に揺れる。集中のせいか、右眉の古い傷跡が少しひりついた。
1発目、命中。ハルキが次の銃を渡す。アンプルは一弾ずつしか装填できないのが煩わしい。
2発目、命中。風が出てきた。少し厳しいかもしれない。ハルキから次を受け取る。狙って、風が収まるのを待つ。

風が凪いだ。
引き金を引く。

ハルキはスコープで対岸のアルゴスを確認した。全弾命中。あとは薬による分解を待つだけだ。
次を装填しようとしたトミタロウをハルキが手で制す。
「クリア確認。トミー、報告」
「あ、はい!」
トミタロウが慌てて端末に通信を入れる。
「D3地区、中型一体クリア。作業完了です。」
フォルクハルトは髪をかきあげて息を吐いた。
「ハルキ、今日の飯はお前の奢りだぞ」
「はい…」
ハルキは小さな声で返事をしたあと、トミタロウにだけわかるように「な?」と笑って見せた。
あとは空アンプルの回収だ。
「トミーの力で空のアンプルを回収できんか?」
フォルクハルトの問いに、トミタロウは対岸との距離を見やる。
「うーん…ちょっと距離的に無理ですね。」
「南の橋から渡るしかないか…」
ハルキのため息と共に、3人は南の橋へ歩き始めた。
「トミーは人の心を読むみたいなのもできるのか?」
歩きながら、ハルキがトミタロウのに話しかける。トミタロウはため息をついた。
「サイキックって聞くとみんなそれ言うんですけど、できないです。自助会みたいなのもあるんで他のサイキックにもそれなりに会ってますけどできる人に会った事もないですし、昔からあるタチの悪いデマですよ。」
「あー自助会な。私もサイバネ補完者の自助会には行った事がある。私ほどサイバネ度が高い人はほとんどいないから、あんまり話が合わなくて行くのをやめたが。」
「サイキックにも自助会があるのか」
フォルクハルトが会話に入ってくる。
「サイキックは気持ち悪がられるから、疎外されたりするんですよ」
「わかる。サイバネも嫌がられる。前よりマシになったけど、今は生体補完が主流だからサイバネ補完者は珍しくなったしな」
フォルクハルトは二人の言葉に「どっちも便利でいいと思うが」と呟いた。

対岸で空のアンプルを探し、2本は回収出来たが、1本だけ見つからなかった。
「反省文だな」
「あんなもの無くなるに決まってるのに報告書書かせるの酷くないか?」
ハルキは愚痴を言いながら、最後の一本を探し続ける。
「あ、僕が探しますよ。たぶん出来ると思います。」
トミタロウは言うと、目を閉じて集中した。そう遠くはないはずだ。空アンプルを探る。自分を中心にソナーが広がるイメージ。
「あった」
トミタロウは目を開けると、消波ブロックの方に歩き出し、下を覗き込む。
「下に落ちちゃってますね。この距離ならいけるか」
フォルクハルトとハルキが呆然と見守る中、トミタロウは下に手をかざす。
空アンプルが浮き上がり、トミタロウの手に吸い寄せられてた。
「回収できました」
一息ついて振り返ると、二人は感嘆の声を上げた。
「すごい!便利だな!」
「サイキックの能力を間近で見たのは初めてだが、すごいな」
「他は、何ができるんだ?」
ハルキは空アンプルを受け取るとアタッシュケースに入れながら、少し興奮気味にトミタロウに聞いてくる。
「バリアはれるのと、あと電子文書などの改竄がわかります」
トミタロウの答えに、ハルキは首を傾げた。
「技術的にではなく?」
「はい。まあ、最終的には技術的な証明が必要になるので、あまり役立つ力でもないですが」
ハルキは感心した様に「へぇ」と言って、アタッシュケースを閉じた。
「さて、これで一件落着というわけで…」
ハルキは満足げに微笑むと、フォルクハルトの方を向いた。
「飯どこに行く?」
声からもワクワクと嬉しそうな様子が溢れている。
「どうするかな…焼肉にするか」
対してフォルクハルトの方は淡々としていた。
「人の金だと思って…」
嬉しそうな顔は消えてうらめしそうな表情になる。
「トミーも来るか?」
「え、あ、はい。」
フォルクハルトの誘いに返しながら、
「思ったほど仲が悪い訳でもないようだな」と
トミタロウは思った。

設定資料

ヤマガミ ハルキ
山上 遥希
30代前半
女性
身長170cm
体重80kg前後(戦闘用サイバネの重量含む)
日常生活用軽量タイプのみのときは70kg
8月27日生まれ

戦闘用サイバネは重いので、下半身にパワードスーツを着用している。

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