63 もういい加減落ち着いた

 終業のチャイムが鳴り、ハルキはフォルクハルトを揺り起こした。
「おーい。帰るぞー。」
 フォルクハルは目を開けて「ん」と返事をする。トミタロウは、帰り支度をしながら、ぼんやりと二人を眺めていた。
「どうした?」
 視線に気づいたハルキに問われて、トミタロウはハッとする。
「あ、いや…フォルトさんも、だいぶ落ち着いたなあと思いまして」
 フォルトハルトは一瞬不機嫌な顔を見せたが、欠伸をすると、いつもの何の興味もなさそうな表情に戻った。
「まあ、流石にな。ハルキが煽ったり誘ったりしてこなければ別に…」
 トミタロウが「そうですか」と、これまた興味の無さそうな相槌をうつ。
「…最近はそんな事してないが?」
 ハルキが一人、キョトンとしてそう言った。
「え?」
「え?」
 フォルクハルトが怪訝な顔でハルキを見ると、ハルキも怪訝な顔で彼を見返した。顔を見合わせたままお互いに目を瞬いて、頭の上に疑問符を浮かべる。
 フォルクハルトは片手で顔を覆って、首を垂れる。
「そうかあ…全部俺の勘違いだったかぁ…」
 深いため息と共に吐き出された言葉に、ハルキは首を傾げた。フォルクハルトは、そのまま続ける。
「あれもこれも、全部違ったのかぁ…一人で勝手に浮かれていただけだったかぁ…」
 あまりの落ち込み様に、ハルキはなんとなく気不味くなって謝った。
「え…そんなやらかしてたか?ごめん…」
「いや、俺が勝手に勘違いしていただけだ。」
 フォルクハルトは息を吸って体を起こし、天井を仰ぐ。
「わかった。ハルキは基本的に、そんなつもりはないという事で理解した。」
 ハルキはトミタロウと顔を見合わせて、それから「はあ」と気のない返事をした。
「本当にそんなつもりは無いという事でいいのか?」
「いや、そんな事言われても何の事かわからん」
 急にこちらを向いて真剣な顔で聞いてきたフォルクハルトに、ハルキは戸惑いながら首を横に振る。フォルクハルトはしばらくハルキをじっと見ていたが、それ以上何も出てこない事を察して「そうか…」と少し寂しそうに呟いた。
「お疲れ様でしたー…」
 トミタロウは「変な空気になってしまったな」と思いながら、そっとオフィスを後にした。

 夜。ハルキは、モゾモゾとフォルクハルトのベッドに入ってきて、体をピタリと引っ付けた。サイバネアームは外している。フォルクハルトがハルキを見ると、彼女は「へへへ」と笑う。
「…これも、そういうつもりはない訳だな。」
「え?」
「…違うんだな?」
 一瞬何の事か理解できなかったハルキだったが、すぐに「帰りに話していた事か」と合点がいった。
「…そんな、消しゴム拾ってくれたから好きなんだと思った小学生みたいな事言われても」
 ハルキがぼんやりと言うと、彼は勢いよく起き上がって抗議した。
「いや、それは明らかに比較対象がおかしいだろ?!流石に消しゴム拾ってくれたぐらいでそうは思わんぞ?!」
 ハルキは寝転んだまま、面倒臭そうにため息をついた。
「誘う時はもっとハッキリ誘うし、左腕も着ける」
 ハルキに言われて、フォルクハルトは小さく呻いた。腕の事はすっかり忘れていた。確かに、今は左腕を外している。
「…じゃあ、誘う時はどうやるんだ?」
 少し不貞腐れた様に聞いてきたフォルクハルトを横目で見てから、ハルキはだるそうに起き上がった。
「だから、こうやって」
 ハルキは彼の胸に手を置く。そこからゆっくりと下へと指を這わせ、下腹部で止まる。フォルクハルトは腹部に触れられた時点でビクリと体を震わせた。ハルキが耳に口を寄せ、吐息が耳に触れる。
「セックスしよ」
 甘い声で囁く。
「て、やる」
 ハルキの声はすぐにいつもの調子に戻ったが、フォルクハルトの方はそうはいかなかった。目を見開いて熱を帯びた瞳でハルキを見つめ、ハルキの両肩を掴む。
「しよう」
「いや、今のは説明しただけだから」
 一方ハルキは冷めた目で彼を見ていた。
「今のを耐えろと言うのは無理があるぞ」
 言ってフォルクハルトは、ハルキの反応を待たずに押し倒してキスをした。
「んー!んんーッ!!」
 ハルキが抵抗して右腕一本で押し返そうとするが、フォルクハルトはキスをしたまま離そうとしない。
(この…ッ!)
 ハルキは苛立ちに任せて、自分の口の中に入ってきた彼の舌を噛んだ。痛みにギョッとしたフォルクハルトは、慌てて体を離す。
「んがっ!……噛む事ないだろ?!」
「抵抗してるのに、やめないからだろ!」
 ハルキに本気のトーンで怒られて、フォルクハルトは怯んだ。
「う…すまん…抵抗してるのも可愛くてつい…」
 視線を逸らせて言い訳するフォルクハルトを睨みつけ、ハルキは腹筋で起き上がると、彼に詰め寄った。
「フォルクハルト。お前舐めてんのか?またケツにぶち込むぞ。」
「…ひっ!」
 フォルクハルトは、小さく悲鳴をあげて飛び退く。ある種の恐怖と、思い出した快感に頭が混乱して、先程昂った気持ちはしぼんでしまった。ベッドの端で壁を背にして、睨んでくるハルキの方をチラチラと見るが、視線は落ち着きなく彷徨う。
「ハルキは…あれを罰として認識してるよな?」
 そう言われて、ハルキはキョトンとして目を瞬いた。
「…俺としては、やっぱり嫌だし、やめて欲しい」
 しおらしく懇願するフォルクハルトに、彼女は首を傾げた。
「でも気持ちよかっただろ?」
 フォルクハルトは頭を抱えた。何故、この件だけ、こちらの話を聞いてくれないのか。
「………そういう問題ではなく…ハルキにあんな姿見られたくない」
「私はあのフォルクハルトも好きだけどな。かわいくて」
「かわいいの意味がわからん。そもそも一回だけって話だったろ」
 ハルキは「うーん」と唸って考え込む。
「そういえば最近気付いたけど、フォルクハルトは、腕外してる時の方が興奮してる感じするんだよな。」
 唐突に話が変わる。
「なんだ急に…」
「そういう趣味なのか?」
 彼女の素朴な瞳で、真っ直ぐに見つめられ、何か自分が悪いことをしたかのような錯覚に陥る。
「ち、違う。それは腕がないからというか…その…明らかに俺に抵抗できないような力差がある状態で身体を委ねてくれていると思うと…信頼されてるんだな…と」
 慌てて弁明したが、ハルキは「ふぅん…」と言って目を眇めた。
「その目は、どういう意味だ?」
 彼の問いに、彼女は意味ありげに「別にぃ」と応える。
「言いたい事があるなら言って欲しい」
 認識に齟齬があるのはよくない。真剣に向き合おうとするが、ハルキはジト目でフォルクハルトを見ていた。
「じゃあ言うが」
 フォルクハルトは固唾を飲んで言葉を待つ。
「あれは、抵抗できない状態で身体をまさぐられて、なんかそんな感じになってるのであって、信頼とかそう言う話ではない」
 言われた言葉を頭の中で咀嚼して唖然とする。
「…嫌…だったのか?」
「嫌ではないが、できれば腕は着けておきたい。体も支えにくいし。」
 困惑の中、ぐるぐると思考を回転させて「まあ、それはそうか」と納得する。
「それならそう言ってくれれば…」
「言った!フォルクハルトが毎回「このままでいい、待てない」とか言って、取りに行かせないから諦めただけだ!」
 ハルキに怒られて、記憶を辿る。確かに、そんな話をしていた気もする。欲情が先走って、ハルキの話を聞いていなかった事実に愕然とする。
「…………すまん。次から気をつける。」
 謝って、ハルキが頷き満足したところで、話を元に戻す。
「その…ところで、アナルの件についてだが…」
「それは保留で」
 ハルキに即座に返され、ギョッとする。
「え?!ずるくないか?!」
「だって、すごく気持ちよさそうだったし」
「俺は嫌だって言ってるのにか?!」
 ハルキは「うーん」と腕を組んで考え込んでから、こう言った。
「じゃあ、もうセックスしない」
「またそれか!わかった、そっちがその気なら俺だって別にセックスしなく…たって…」
 フォルクハルトは勢いで言い返したものの、最後の方は随分と小声になっていた。
「たって?」
 ハルキに聞き返され、しどろもどろになる。
「別…に…」
「ふーん。じゃあ、まあ、それでいいか」
 ハルキが軽い感じで言うと、フォルクハルトはガックリと肩を落とした。
 ハルキは「いつまで我慢できるのかなあー」と、気楽に考えながら、落ち込んでいるフォルクハルトの事は放って、眠りについた。

ケツにぶち込んだ話
 →R18-5 正気の沙汰じゃない

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