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21 Rohrflöte -葦笛-

コメディではない話

その日は、雨が降っていた。

『D13地区に小型アルゴス1体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』

通気用のダクトから建物内に侵入したアルゴスは、二階のスポーツジムに身を潜めていた。マーカーはついているので、座標はわかっているが、物陰に隠れて姿が見えない。おそらくは受付カウンターの裏。
三人は入り口付近におり、どう攻めるかを考えていた。
近くには売店があり、スポーツウェアの他に、ドリンクやプロテインが並んでいる。
「売店からは引き離したい。」
フォルクハルトの発言にハルキは怪訝な顔をした。
「何故だ?」
「増殖すると厄介だ。俺は向こうから回り込む。ハルキとトミーはこの辺りで待機してくれ。」
「?…わかった」
ハルキはフォルクハルトの言葉に、少し引っ掛かりを覚えたが、今はそれを追求している場合ではないと、言葉を飲み込んだ。
フォルクハルトは売店側に回り込み、受付の裏にいるアルゴスを視認する。中型まで成長している。
「中型になっている。こちらから一発入れるが、入り口側に逃げる可能性がある。外に出さないよう注意してくれ」
インカムで二人に指示を出し、アンプル装填済みの銃を構える。
「いくぞ」
パシュと小さな音を立て、Kアミドがアルゴスに命中する。アルゴスはギャッと叫ぶと、入り口側へ走り出した。
カウンターから出てきた所をハルキが狙う。この距離で外し様もない。アルゴスは、またギャッと叫んでカウンター側に戻ろうとする。フォルクハルト側にはKアミドはもうない。通常弾をカウンター付近に放ち牽制。アルゴスの動きが止まった隙に、ハルキはトミタロウの用意した次のアンプル弾を撃ち込む。三人は緊張した面持ちで、アルゴスの活動停止を待った。
アルゴスが消えるのを確認して、トミタロウが通信を入れる。
「目標クリア。帰還します」

その日は、それ以降通報もなく退勤時刻を迎えた。帰る道すがら、フォルクハルトとハルキは何も話さなかった。いつもならハルキが何かしらくだらない話をするのだが、今日は雨音だけが空間を満たしていた。家に帰り付き、食事のあと、ハルキはずっと何かを調べていた。目的の物は、いくら探しても見つからない。
「フォルクハルト。アルゴスが増殖する原因を知っているのか?そんな研究結果はどこからも共有されていないが?」
ハルキの問いにフォルクハルトは何も答えなかった。黙って洗い終わった食器を拭いている。聞こえていないのだろうか。
「…アルゴスの残骸を持ち帰っているな?Kアミドも。」
これは最近になって気づいた事だった。
「…そうだな」
これも聞こえないふりをするのかと思っていたが肯定され、ハルキは目を剥いた。
「業務規程違反だ!なぜ?!」
「…個人的に研究している。」
責め立てるハルキを意に介した様子もなく、フォルクハルトは淡々と告げた。
「夜中に部屋で隠れてやっていたのはそれか?!」
詰め寄ってきたハルキに向けられた目は、とても冷たかった。
「告発するか?」
言われてハルキは呆然とした。わかったところでどうするかは考えていなかった。告発する?会社に報告すればどうなる?これはさすがに始末書や謹慎では済まない。
ハルキは視線を床に落とし、静かに首を横に振った。
「そうか…助かる」
フォルクハルトは、静かにそう言って片付けに戻った。
雨は勢いを増したらしく、外から聞こえる雨音が大きくなっていた。
アルゴスの残骸、増殖要因の解明、あの日アルゴスの被害に遭った身元不明の外国人。
あの日、目を瞑った不安は消えはしなかった。それどころか、次第に形を明確にし始め、ハルキの中に渦巻いていた疑念を呼び覚ます。
「フォルクハルト…お前の兄は…国に帰ったんだよな?」
「…さあな」
もう聞かずにはいられなかった。はっきりと否定して欲しかった。とんだ勘違いの取り越し苦労だったと、お前はバカかと一笑に伏してほしい。
「まさか…殺したりしてないよな…」
冗談ぽく笑って言いたかったが、その声は震えていた。
「そんなわけないだろう」
フォルクハルトは、目を逸らして耳の後ろを掻きながら、そう言った。
「…嘘だ」
「?」
フォルクハルトは嘘をつく時、耳の後ろを掻く。本人は自覚がないのだろうが、そんな事は長年の付き合いで知っていた。
(ああ…最悪だ…)
ハルキは後悔した。自分が安心したい気持ちが先走って、触れてはいけない部分に触れてしまった。もう、引き返す事はできない。
「嘘をついてる。殺したのか?本当に?」
フォルクハルトは片付ける手を止めた。ため息をつく。
「…そうだとしたら、なんだ?」
「あの兄は相当なクソ野郎だったけど…でも…殺すなんて…」
「お前も襲われるとこだったろう。」
フォルクハルトはハルキの言葉を遮った。
「…そう…だけど」
「殺したのはアルゴスだ」
ハルキは唇を噛む。
「そのアルゴスをけしかけたのはお前だろ!なんで…」
ハルキは震えていた。フォルクハルトから見ても、明らかに怯えていた。ふと、何かに気づいて、ハルキの目からフォルクハルトを責める色が消えた。
「私が…捕まったからか?」
力を失い焦点の合わなくなった目は下を向く。フォルクハルトはハルキを抱きしめた。
「お前のせいじゃない」
時間にすれば、ほんの数秒だったであろう長い沈黙のあと、ハルキは、フォルクハルトを押し返した。
「ひとりに…してくれ…」
フォルクハルトがハルキから拒絶されたのは、おそらく、それが初めてだった。

いつものサイバネのチェックと健診をしながら、ミドリはハルキの様子を気にしていた。
「最近元気ないけどミュラーとなんかあった?」
「…別に…何も」
そんな訳はないだろうと思ったが、本人が何もないと言うなら、それ以上どうすることもできない。悩みは何も夫婦関係の事だけでもないし、何か別の原因かもしれない。
「まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど。気が向いたらいつでも言ってよ。いつだって私はハルキの味方だから」
ミドリはハルキを安心させようと微笑みかける。
「うん…ありがと…」
ハルキの目から涙がこぼれた。
「え?何?どうした?どっか痛い?」
慌ててハルキに駆け寄ると、ハルキ自身も驚いた様子で慌てていた。
「あれ…なんだこれ…なんで…」
意識して出てきた涙ではないらしい。それは、相当精神的に限界がきている事を表していた。
「やっぱり何かあったんでしょ!あいつ何したの?!」
ミドリはハルキの両肩を掴んで問いただす。
「言えない…言えない…」
ボロボロ涙が溢れ出す。止まらない。
「言えない…」
ミドリはハルキから手を離した。これは、かなり不味い。ハルキが取り乱して泣く姿を見るのは二度目だ。一度目は、事故で体の半分と弟を亡くした時だった。
ミドリは、そっとハルキの手を握る。
「わかった。いい。言わなくていい。言わなくても、大丈夫。言わなくても、私はいつだってハルキの味方。」
「ごめん…」
「謝らなくていい。大丈夫。」
泣き止まないハルキの背中をさする。
「ちゃんとご飯食べてる?ちゃんと寝れてる?」
「…」
少し落ち着いてきたらしいハルキの涙をハンカチで拭いてやる。
「今日はさ、家に帰らないで、二人でどっかに泊まらない?久しぶりに」
「え、でも…」
「ショウゴには連絡すれば大丈夫」
「うん…」
「ミュラーには私から言っとくね」
「うん…」
まだもう少ししゃくりあげているハルキにハンカチを渡して、ミドリはメンテルームを出た。
武器のメンテナンスをしているフォルクハルトの前まで行き、平手で机を叩く。
「ミュラー。あんた何したの?」
「何の話だ?」
明らかに怒り心頭のミドリに対して、フォルクハルトは冷静だった。
「あの子泣いてたのよ?!」
フォルクハルトは手に持っていた拳銃に目を戻す。
「ハルキは…何か言っていたのか?」
「言えないって、泣いてたの!」
「……そうか」
フォルクハルトのあまりにも素っ気なさすぎる様子に、ミドリは声を荒げた。
「そうか、じゃない!何したのよ!」
「俺から言える事はない」
この様子では二人の間に何かがあったのは間違い。が、どちらも黙りでは手の施し用もない。ミドリは鼻から息を吸って、口から吐き出した。一旦、怒りを追い出す。
「そう…だいぶ疲れてるようだし、今日はハルキと外で泊まるから」
「わかった」
感情を排したフォルクハルトを後にして、ミドリはメンテルームに戻った。

「あの二人、何かあったんですか?最近空気重くてしょうがないんですけど」
ハルキとフォルクハルトが退勤した後(ハルキは外泊の準備のため一旦家に帰らせた)トミタロウがメンテルームに入ってきた。
「何かあったのは間違いないけど、どっちも言わないのよ」
「ミドリさんにも言わないんですか?人の性感帯までバラしたハルキさんが?」
「ちょ…忘れてたのに思い出させないでよ」
こういうちょっと空気を読まない感じは、トミタロウの良いところではある、とミドリは思った。特にこういう時には。
「しかし何でしょうね」
トミタロウが腕を組んで考える。ミドリは言うかどうか少し迷ったが、フォルクハルトとの言い争いは見られていた訳だしな、と腹を決めた。
「ハルキが泣いてたのよ…」
「え?!」
どうも「泣いていた」辺りの話は聞いていなかったらしい。
「15の時以来よ、ハルキが泣いてるの見たのなんて。体半分無くなって、弟も亡くして、好きだったバスケはできなくなるし、リハビリは辛いし、もう嫌だって泣いてた、あの時以来…」
頭を抱えるミドリに、トミタロウ側も持っている情報を開示した。
「そういえば…ミドリさんは、フォルトさんがKアミドを無断で持ち帰ってるの知ってます?」
「ああ、なんか一回うっかり持って帰って始末書書いてたのは知ってるけど」
急に何の話だろう。と、ミドリは思った。トミタロウは神妙な面持ちで少し周囲を気にしながこう告げた。
「いや、うっかりじゃないんですよ。あの人常習してます。」
「は?」
「報告書書くようになってから、過去の報告書も見てたんですが、フォルトさんが書いた報告書実際に使った数と記載されてる数が合ってないんです。確認できているのは僕が入って以降数回ですが。」
ミドリは、あまりの事に言葉をなくした。意図的にやっているなら、減俸でも済まない話だ。
「まあ、何か理由があるんだろうと思って黙認してたんですが…この前、アルゴスの断片持ち帰ってるのも見ちゃって」
「ホントに?何かの見間違いじゃなくて?」
トミタロウは、ミドリの問いに黙って頷く。
「で、先日ね。ああ、そうだ、ちょうど二人の様子がおかしくなる前の日だ。現場でフォルトさんがアルゴスの増殖要因を知ってるような事を言ったんですよ」
「そんな研究結果聞いた事ないわよ」
「そうなんですよ。でね、あ、あれはアルゴスの研究をしてたんだなって思ったんですよ」
ミドリは、それは確かに大事件だ。と思った。
「ふーん、まあ、なるほど。でも、それならハルキがあそこまでの状態になる気はしないんだけど」
「そうなんですよ。僕もそう思います。」
トミタロウはまた頷いて、それから右手の人差し指を立てた。
「で、もう一つ。」
ミドリはトミタロウの話に聞き入っていた。
「始末書書いたあの件なんですが、亡くなった身元不明の外国人について気になる事がありましてね、調べたんですよ。」
「気になる事?」
「たまたまね、身元確認の作業してたのが友人でして、赤毛ってことくらいしかわからないってボヤいてたんですよ」
赤毛と聞いてミドリも察する。
「フォルクハルトと同じね」
「そう。双子の兄がいるって話でしたし、この前の子の事もあったんで、被害者の細胞をですね、ちょっと譲ってもらったんですよ。」
「いや、それダメでしょ」
「ああ、なのでこの件は内密にお願いします。」
「わかった」
案外大胆な事をする男である。
「で、まあ、ここに出入りしてればフォルトさんの細胞採取は簡単なんで、DNA鑑定してもらいました。」
「まさか…」
ミドリが口を覆う。
「そのまさかです。完全に一致しました。」
「それって…」
トミタロウは頷く。
「被害者はフォルトさんの兄、もしくは、フォルトさんです」
「入れ替わってるって事?!」
ゾッとした顔のミドリに、トミタロウは首を捻った。
「うーん…たぶんそれはないと思うんですよね。いくら何でも、僕らはともかくハルキさんを騙せるとは思えないですし」
「じゃあ死んだのは兄の方てこと?」
「まあ、憶測でしかないですが。で、気になるのは、そのお兄さんがアルゴスに殺されてるって事なんですよ。フォルトさんはアルゴスの断片を持っていただろうし、増殖要因も知っていた。都合よくKアミドもうっかり持って帰っている」
ミドリの中でも、全てが繋がった。
「アルゴスを使って殺したって事?!」
「通報したのもフォルトさん。非番でたまたま遭遇って事らしいです。で、たまたま持っていたKアミドで対応。通報受けた職員が到着した時には、被害者は身元特定不可能なレベルの損傷で死亡。アルゴスは対処済み。」
さすがに詳しすぎると思い、ミドリは訝しんだ。
「何処情報?」
「当時対応した職員に聞きました。たまたま同期が同じオフィスで働いてまして」
「都合よく知り合いがいるもんね」
「こう見えて顔が広いんです」
「…いくら積んだのよ」
「人聞きの悪い…まあ、お礼はお支払いしましたが」
トミタロウはとんでもないことをしれっと言い放つ。が、問題はそこではない。
「そんなの、ほぼ確定じゃない」
「状況証拠は揃ってるって感じですね」
そこでミドリはハッとした。
「そうだ、あの日、ハルキがサイバネ壊したって連絡あってスペアの腕持って行ったわ。なんか暴漢に襲われたとか言ってた…ハルキが、そこらの悪漢相手にそんな事あるかなあとは思ったんだけど…」
トミタロウは少し考える。
「それをフォルトさんの兄がやったとか?」
「顔がミュラーだったら油断するかもね」
ミドリは顎に手を当てて、目を瞑る。あまりにも突拍子がなさ過ぎるが、あの日はフォルクハルトもどこか変だった。
「まあ、でも、それならハルキの態度もああなるわ」 
詳しい理由はわからないが、愛する人が人を殺したなんて、事実を受け入れる事ですら容易ではない。
「仮に、今の憶測が合ってるとして、どうしたもんかしらね…」
「どうもできないですよ。まあ、上に通報する事はできますが。それはハルキさんは望んでないでしょう。僕らと同じ結論に辿り着いた上で黙ってるってことですからね」
ミドリは深いため息をついた。
「やっぱり、早く別れさせるべきだった…」
「今からでも別れさせたらいいんじゃないですか?」
トミタロウはどこか他人事だ。
「そうね…少なくとも当面は距離置かせた方がいいわ」
「ですね…あーやりにくい…」

フォルクハルトは夢を見た。ハルキの上にアルベルトが覆い被さっている。苦しげな声でもがいているハルキを少し遠くから眺めていた。自分は声も出せず、体も動かない。苦しい。
何をしているのかは容易に想像できた。犯されているのだ。ハルキの苦しげな声の中に快楽が混ざっているような気がしてゾッする。
長い時間が過ぎ、アルベルトが顔を上げてこちらを見た。うっそりと微笑んでいる。一緒に楽しもうと誘っている様に見える。
動けないままハルキの顔に目をやると、ハルキは放心しきっていた。ハルキの目から涙が一筋落ちた。
「!!!」
悪夢から覚醒したフォルクハルトは、寝ていた事を思い出す。呼吸が荒い。心音も速い。
(死んでなお、俺を苦しめるのか。)
左腕を目の上に載せて、呼吸を整える。
水を飲もうと起き上がった時に、ハルキのベッドが空である事を思い出す。ここ数日はずっとそうだ。
1日だけかと思ったが、ハルキは帰って来なかった。仕事には来ているので、顔は合わせている。元気がないのは、ずっとわかっていた。
水を飲み一息ついて、ハルキに押し返された時の感覚を思い出す。それから夢の内容を思い出して頭を振る。
(いや…今ハルキを苦しめているのは、俺だ。)
彼女は何故、別れようと言わない。
こんな状態なら一緒にいない方がいいのに。
それが愛だとでも言うのか。
わからない。わかりようがない。
たかが紙切れ一枚の話だ。俺は何故、彼女に別れようと言ってやらない。
そうだ。補助金だ。そろそろ手当も終わりの頃だ。それが終わればたいしたメリットもなくなる。別れを切り出すにはちょうどいい。
それで終わりだ。それでいい。

一週間ほどして、ハルキが家に帰ってきた。
「久しぶりの家は落ち着くなあ」などと言って少しだけ落ち着いた様子ではあるが、無理に笑う感じがある。
「フォルクハルトも私がいなくて寂しかっただろ」
フフン、と少し得意げに言うハルキは虚勢を張っているだけに見えた。
「ハルキ、そろそろ補助金も終わりの時期だ。たいしたメリットもない、こんな状態なら別れた方がいいだろう」
フォルクハルトの言葉にハルキは固まった。
「何…言ってるんだ?引越しの費用とか考えたら、まだ、そんな…」
ハルキはそんな事を言いたかったわけではなかったが、咄嗟に出た言葉はそれだった。
「この状態を続けてどうする?辛いのはハルキだろ」
フォルクハルトは本気だ。ハルキはそう思った。いや、いつだって彼は本気だ。必要な事はストレートに伝えてくる。だからたぶん、単純に押し切るのは無理だ。彼なりに色々検討した結果がこの結論だったのだろう。
ハルキの頬を涙が伝う。
「嫌だ」
初めてみるハルキの涙にフォルトは戸惑った。
「…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
ボロボロ泣きだしたハルキの目には、それでも強い意志が宿っていた。
(ハルキが泣く???何故?そういえば、カワトが「あの子泣いてた」と言っていた。)
「何故だ?何に執着している?」
「何にだと?!ここまできて、それもわからないのか?!どこまでバカなんだ!」
ハルキは泣きながら右腕でフォルクハルトの胸ぐら掴む。
「お前だよ!お前自身に執着してるんだよ!フォルトハルト!!それ以外になにがある!」
か弱い生体の右腕では、フォルクハルトを動かす事すらできない。制圧したい訳ではない。わかって欲しい。
「お前が言うように俺はアルベルトを殺した。人殺しと一緒にいるなんて無理だろ。それで苦しんでるんじゃないのか?」
「確かに…気持ちの整理はまだついてない…どうしていいかも分からない!でも…でも、一緒にいたいんだ!だから苦しいんだ!」
「何を言って…」
困惑しているフォルクハルトから手を離し、ハルキは彼を抱きしめた。自分よりずっと大きい、でもどこか子供の様で、愛想はないくせに笑顔が可愛くて、頼れる甘やかしてくれる人。
「バカ…大バカもの…」
フォルクハルトには正直何が起こっているのかわからなかった。自分の胸に顔を埋めているハルキを見る。ハルキは怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも。
「いいのか?それで?」
「…最適解だったんだろ?」
「?」
顔を埋めたまま、ハルキは呟く。
「殺すのが、最適解だったんだろ?」
フォルクハルトは聞かれた事をようやく理解する。
「…ああ、俺はそう判断した。」
正しくはないが。
「お前がそう言うなら、そうなんだろう」
「…すまない」
結局ハルキを苦しめた。
「いいや、お前はそういう男だ。知っていた。知っていて、わかっていなかった。」
「…」
フォルクハルトは何も言えなかった。
ハルキが顔を上げる。
「俺でいいのか?ぐらい言えないか?」
少し不満げな、泣き腫らしたままの目にドキリとする。
「…俺で…いいのか?」
言われるまま問いかけると、ハルキは優しく微笑んだ。
「お前がいい。愛してる」
そしてフォルクハルトと比べたら幾分小さな体で彼を抱きしめる。
フォルクハルトは、まだ戸惑いながらハルキを抱きしめ返した。

翌日。元気そうなハルキと、いつも通りに戻ったフォルクハルトを見てトミタロウは、ややげんなりした。
「結局、元鞘ってことですか?」
「そうみたい」
ミドリも少し複雑な面持ちだ。
「まあ、仲悪いよりはやりやすいからいいですが」
「私はハルキが幸せならいいんだけど」

『D7地区に小型アルゴス1体、中型アルゴス1体。至急対応お願いします。通報があった座標を送ります。
住民退避完了次第、再度連絡します。』

「行くぞ!フォルクハルト!」
ハルキの力強い声がサテライトオフィスに響く。
「ああ」
静かに応えてフォルクハルトも立ち上がる。
トミタロウは二人の後を追って動き出した。  
 






事なかれ主義の国の住民達


トミー「ところで僕ら、殺人については見なかった事にしていいんですかね。」
ミドリ「警察が気にしてないなら、もういいんじゃない?」

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