12 ハッピー・ハッピー・ウェディング
トミタロウが出勤すると、ハルキとフォルクハルトが何やら言い争いをしていた。それ自体は、さほど珍しいことでもないが、トミタロウは「最近フォルトさん、来るの早いな」と思った。以前はトミタロウより先に来ていることは基本的になかったし、なんなら始業ギリギリだった。
今日は武器のカスタマイズについて話しているらしい。
「いや、それはこっちのアタッチメントの方がいいだろ」
「何言ってるんだ、効率を考えればこれしか考えられん」
「違う!こっちのアタッチメント使えば精度が上がるから、その上でこれを組み合わせた方がいいだろ!」
「それでは射出速度が落ちる。最適解はこっちだ。」
トミタロウは言い争う二人の顔がだいぶ近いなと思った。
「イチャイチャするのは、よそでやってもらっていいですか?」
「「してない!」」
二人は同時にトミタロウの方を向いて大きな声で否定した。
退勤時刻。
トミタロウは帰る用意を始めた。フォルクハルトは椅子に座ったままうたた寝をしていた。フォルクハルトは、必要な時以外は寝たり、ゲームに興じていたりと、勤務態度がよろしくない。が、それは以前からの事で、必要な事はこなしておりそれ自体は特に問題ではない。出勤が早くなったのは、別に勤務態度を改めたからという訳でもなさそうである。
ハルキが近づいて声をかける。
「フォルクハルト、帰るぞ」
反応がない。
「こら!勤務中に寝るやつがあるか!」
「うん…」
生返事で起きてくる気配がない。
「まったく…夜中に一人で何をしてるんだか。」
ハルキは寝ているフォルクハルトの顔を覗き込む。トミタロウはまた顔が近いなと思った。
「イチャイチャするのは、よそでやってもらっていいですか?」
「はい!」
ハルキはビクリとして姿勢を正し、フォルクハルトの背中を叩いて起こす。
「ごふっ!!なんだ?!え…なんで俺殴られた?」
「勤務時間に寝る奴が悪い!」
二人が帰ったあと、ミドリが帰り支度を終えてメンテルームから出てきた。
「どうかした?」
げんなりした様子のトミタロウに声をかける。
「もう早くくっつけばいいのに。あんな状態で何年やってるんですか?」
ミドリは少し考えた。
「10年くらいかな」
「え…10年も…???」
「でも先週結婚したわよ」
「え?!けっ???」
トミタロウは想定外の展開に大いに動揺した。
「…どういうことですか?!そこまでしろとは思ってなかったんですけど。ていうか、僕、何も知らされてないんですけど?」
ミドリはまた少し考えたあと「なんか、恥ずかしいんじゃない?」と言った。
「いやでもミドリさんは知ってたんでしょ?」
「そりゃ、私はハルキの親友だから」
トミタロウは色々と合点がいった。フォルクハルトが早く来るようになったのはちょうど先週辺りだ。つまり、ハルキと同居を始めた事によりハルキと同じ時間に出て一緒に出勤しているという事だ。帰りも今までは「飯どこにする?」から始まり一緒に食事をする形だったのが「帰るぞ」という声かけに変わっていた。正直そこだけ聞いたら仲良し夫婦にしか聞こえない。
トミタロウはそこまで考えてハッとした。
「式とかは?」
「やらないって言ってた」
「よかった。呼ばれてない訳じゃなかった。」
トミタロウが安堵するのを見てミドリはちょっと意外そうな顔をした。
「呼ばれたかった?」
「いや別にいいんですけど、仲間はずれにされてたら悲しいじゃないですか。」
トミタロウは一人で「そうか、なるほど」とぶつぶつ言った後に、やはり腑に落ちずミドリにきく。
「え?でも、結婚して、あの感じのままなんですか?」
「まあ、そうね」
「どっちがプロポーズしたかとか聞いてます?」
「そんなものはない。」
ミドリは遠くを見ながらそう答えた。
「え、じゃあ、何きっかけで?」
「新しい扶養制度の法案が施行されたから」
トミタロウは言葉を失った。扶養制度の法案が施行されたから???
「…あれ、本気だったんですか????」
そういえば、前にそんな話をしてはいた。まさか本気だとは思わなかった。
「結婚てどんな感じなんですかね」
トミタロウは、なんだかよく分からなくなって、そんな事を口走った。
「相手によるでしょ。私は楽しいけど」
トミタロウは「ん?」と思った。今何か新たな事実を聞かされたような気がする。
「え、ミドリさん結婚してたんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
ミドリはキョトンとしていた。
「聞いてないです。なんでみんなしてそんな秘密主義なんですか?!」
「いや別に隠してた訳じゃなくて、言うタイミングなかっただけだけど」
トミタロウは深いため息をついた。
「僕だけが取り残されてしまった…」
「結婚の予定とかないの?」
「ないですけど、そういえば最近、母が見合いをセッティングしようとしてますね。」
ミドリは「お見合いかあ」と言ったあと、トミタロウの肩を叩いた。
「よし、飲みに行くか。おばちゃんが奢ってあげよう」
「うぃっす…ありがとうございます」
「あ、旦那呼んでもいい?」
「はい」
そう言って二人はオフィスを後にした。
購買のハルキさん
トミタロウはアンチアルゴスの購買にKアミドの受け取りに来ていた。Kアミドは直接の受け渡しが原則となっており、空のアンプルとの交換になる。
「現場には慣れたかい?」
手続きをしながら購買のハルキさんは話しかけてきた。
春木茂男。購買で働いており、武器防具などの発注、配達、在庫管理などをしている。
3人の息子は成人済み。5年前までは現場に出ていたが引退した、気のいいおじさんである。
「はい。まあ…そこそこ…」
「オフィスはどこだったっけ?」
「D地区です」
トミタロウの返答を聞いてハルキさんは「あーヤマガミちゃんの」と言った。
「みんな元気にしてる?」
「はい、おかげさまで」
「あの二人は進展した?」
「え…」
何故購買の人まで知っているのか。
「ヤマガミちゃん、来るたびにフォルクハルトが!フォルクハルトが!て言ってたし、だいぶ好きだったよね」
そういうことか。と、トミタロウは納得した。
「あー…えと…先週ぐらいに結婚されたそうです」
ハルキさんは目を丸くした。
「え!!そんなに進んでたの?!おじさん知らなかったよ!」
「僕もカワトさんから聞いて、驚きました。」
「へー、新婚さんの隣で仕事するの気を遣いそうで大変だね」
「そんな事もないですけど…」
そんな話をしているうちに、手続きは一通り終わり、新しいKアミドのアタッシュケースが用意された。
「ほいよ、じゃあよろしくね」
「ありがとうございます。」
ハルキさんからアタッシュケースを渡され、トミタロウは購買を出てD地区サテライトオフィスに向かった。