68 ハルキの入院

「え?2週間も休むのか?」
 休暇申請の内容を見てフォルクハルトは愕然とした。
「まあ、入院だからな」
 ハルキは当たり前だろうと言いたげに眉根を寄せる。
「え、ハルキ言ってなかったの?」
 ミドリに言われて、少し考えてからハルキはハッとした。
「そうか!このレベルの手術するの、フォルクハルトが来てから初めてか!」
 ミドリは額に手を当て、大きなため息をついた。フォルクハルトは呆然としたまま動かない。
「今回は臓器周りも交換になるから、手術は一日で済むけど一週間は様子見で入院になるんだ。退院してからも一週間は激しい運動はできない。で、二週間の休みだ。」
 ハルキの説明に、フォルクハルトは呆けたまま「ああ」と言って一応は納得した。そのまま、少し上を見上げて思考を巡らせる。
「退院後は、家にいるんだな?」
「うん」
「一週間は会えないという事か?」
「面会はできる」
「病院の面会時間は何時から何時までだ?」
「…あ」
 フォルクハルトは矢継ぎ早に質問を投げかける。ハルキは、そこまでは考えていなかったな、と気不味い顔をした。
「出動少ない夜勤シフトの時に日程合わせてるから、仕事終わってから朝来たらいいんじゃない?」
 ミドリが助け舟を出すと、フォルクハルトはひとまず安心したようだった。
「ハルキさん。出来るだけフォルトさんに連絡入れてあげて下さいよ。ハルキさんいないと、この人本当にやる気ないんですから。」
「入院だって言ってるでしょ。ハルキに負担かけるんじゃないの。」
 ミドリに叱責され、トミタロウは困ったように頭をかいた。
「あー…そうですね。でも、ホント困るんですよ。お二人は見てないから分からないと思いますけど。」
 困り顔のトミタロウに、ミドリは腕を組んで、少し考えてみた。ハルキに負担のかからない、何か良い方法はないものか。
「じゃあ、ハルキの声を録音しといて、トミーがいいタイミングで再生したらいいんじゃない?」
 トミタロウがポンと手を打った。
「あーなるほど!」
「なあ、お前ら俺を何だと思ってるんだ?」
 フォルクハルトが呆れて抗議したが、二人は取り合わなかった。
「でも本当に酷いんですよ。今度録画してハルキさんにも送ってあげます。」
「やめろ!」
 フォルクハルトがトミタロウに吼えると、今度はマツダが何か思いつく。
「ハルキの病室にライブ配信したらいいンじゃね?」
「やめてよ。夜中でしょ?同室の人に迷惑よ。」
「個室じゃないんですか?」
「バイタル取りながら様子見の入院だからね。基本的には何も問題なければ手術終わった時点で日常生活できるし。」
「じゃあ録画しとくんで、起きてる時に見てくださいよ。ハルキさんに見てもらえるなら頑張れるんじゃないですか?」
「トミーは俺のことを参観日が楽しみな子供か何かだと思ってるのか?」
 うんざりした表情を浮かべるフォルクハルトに、トミタロウは冷たい視線を向けた。
「何でもいいからちゃんと働いてほしいだけです。」
「そんなヒドイのか…まあ、俺もいるし大丈夫だろ」
 マツダは、あっけらかんと笑っていた。


 手術当日。病室に入院用の荷物を置き、手術衣に着替えたハルキは、看護師に呼ばれて立ち上がった。付き添っていたフォルクハルトは、それまで繋いでいた手を名残惜しそうに放す。
「気をつけてな」
「うん。まあ、私がやる事は何もないが。」
 ハルキは、豪快にワハハと笑う。
「本当は手術が終わるまで待ちたいんだが…」
 フォルクハルトは落ち着かない様子で彼女を見た。
「ミドリもいるし、そんな心配するような手術でもないから大丈夫だぞ。」
 全く何の不安もなさそうなハルキの姿に少し寂しさも感じながら安堵する。
「じゃあ、仕事終わったらな。」
 ハルキはそう言って、ヒラヒラと気楽に手を振って出ていった。彼女を見送り一息ついてから、フォルクハルトは帰路についた。寝るまでに、洗濯や掃除をしなければならない。そんな気分ではないが、何かやっている方が気が紛れるだろう。
 家に帰って家事を終えベッドに入ると、頭の片隅にあった不安がもやもやと思考を占領し始める。何事も無ければいいが、もしも万が一、ハルキに何かあったらどうしよう。サイバネ補完者として生きるというのは、こういうことなのだ。定期的な手術によるサイバネティクスの交換。補助金や保険がきくとはいえ、決して安くはない手術費用。仕事への影響。ハルキはこの先、あと何回手術を受けなければならないのだろうか。十年に一度程度なら退職まででも三回ぐらいだろうか。歳をとって体力が無くなってきた時に耐えられるものなのだろうか。ぐるぐると同じ場所を巡るように、思考は出口なく彷徨う。
 寝なければならない。起きたら仕事だ。深く息を吸って吐く。起きる頃には手術も終わっているはずだ。考えたところで何も変わりはしないのだ。こういう時は、呼吸する事だけ考えるのがいい。
 フォルクハルトは呼吸する事に集中し、深く呼吸を繰り返すうちに眠りについた。

 メッセージの着信音に飛び起きる。端末を確認すると「問題なく手術終わりました。」とミドリからのメッセージが届いていた。安堵して「よかった。ありがとう」と返信すると、朝(今は夜だが)の支度に取り掛かる。まずは、仕事だ。仕事が終われば病院で面会できる。
 顔を洗って髭を剃り、ウィンナーソーセージをボイルしてパンに挟んで齧り、牛乳を飲む。鍋と食器を手早く洗い、着替えて髪をセットして時計を見る。随分と時間に余裕がある。ハルキがいると、何かと時間がかかるが、一人だとこんなにすぐに終わるものだったか。
 少し早いが、一人で家にいても変に気を揉むだけだ。フォルクハルトは、社給ジャケットを着ると家を出て、サテライトオフィスへ向かった。
 移動しながらハルキのことを考える。
 ハルキは寝ているだろうか。メッセージが届いたのはさっきだが、手術はもっと前に終わっていたはずだ。カワトが気遣って、俺が起きる時間に送ってくれたのだろう。
 仕事が終わる頃にはハルキも目を覚ますだろう。とりあえずは、トミーに愚痴を言われないように仕事をこなそう。

 仕事を終えて一旦家に帰ると、シャワーを浴びて私服に着替える。面会は十時からだ。一息ついて、思い出した空腹感を煩わしく思う。病院に行く途中で何か食べよう。
 病院の近くに牛丼屋があったので、そこで丼をかき込む。しばらく朝はここで食べればいい。ハルキに「もう病院の近くだ。面会に行く」とメッセージを送ると、すぐに「ありがとう、待ってる」と返事があった。ようやくハルキから直接連絡があった事にホッとする。
 軽くなった足取りに、はやる気持ちを抑えて受付で面会の手続きを済ませると、早足で病室へ向かう。許されるなら走りたい所だが、病院の廊下を走る訳にもいかない。昨日も会っているというのに、随分久しぶりに会うような感覚だ。
 ノックして病室に入り、ハルキのいる奥のベッドへ向かう。ハルキは、こちらに気づくと「よ!」と手を上げて歯を見せて笑った。面会者用の丸椅子に座り、ハルキの手を握る。
「どうだ?」
「体が軽くなった。まだちょっと慣れないが、いい感じだ」
 患者着からのぞく新しいサイバネティクスは、以前のものより滑らかで、傷もなく、やはり美しかった。欲を言えば、今すぐ全貌を見たかったが、まさか病室でそんな事をする訳にもいかない。
「何か欲しいものあるか?」
「大丈夫。ありがとう。」
 聞くと、ハルキはそう言って優しく微笑んだ。握っている手の感触も以前とは違って、関節部分の機構も変わったようだった。
「仕事は?」
 ハルキは悪戯っぽく問いかける。
「トミーに文句を言われない程度には、ちゃんとやってる。」
 不貞腐れて答えると、ハルキは笑ってから愛おしそうに目を細めた。握る手に力を込める。元気そうで良かった。
 フォルクハルトは、手を握ったまま昼頃まで他愛もない話をして、ハルキの昼食が運ばれてくる頃には病院を後にした。

 家事をして、寝て、仕事へ行って、病院で面会。それを繰り返し、長いような短い日々は過ぎて退院の前日になった。
 フォルクハルトが病室のドアをノックしようとすると、中から同室の患者同士で楽しげに話している声が聞こえてきた。
「ヤマガミさんのパートナー夜勤明けに毎日来てくれてるの?」
「うん。無理に来なくてもいいって言ったんだけどな…」
「優しいー」
「うらやましいー」
 ハルキは「えへへ」と笑っている。
「家の事とかは、どうしてるの?」
「面会終わってからやってくれてるみたいで…」
「ご飯の用意とかも?」
「料理は元々彼の担当だから、私より全然上手いんだ。」
「いいなあーうちなんか料理出来ないから入院前に日数分の冷凍食品とインスタント用意してきたのよ」
「掃除も彼の方が上手いし、フォルクハルトは最高なんだ。」
 病室に朗らかな笑い声が響く。「また惚気ちゃってー」などと言われている。ものすごく入りにくい。だが、ここで留まっていてはハルキと一緒にいる時間がどんどん短くなってしまう。
 フォルクハルトは意を決して病室のドアをノックした。とにかく、聞いていなかったフリをしよう。「失礼します」と言って足早にハルキのベッドに向かう。なんだか、ニヤニヤと見られているような気がして落ち着かない。
「お疲れ様。」
 ハルキに笑顔で迎えられ、なんとなく照れ臭いまま、面会者用の丸椅子に座る。
「明日は仕事終わりに直接来る。それなら、退院の時間に間に合うと思う。」
「一人でも大丈夫だぞ。」
「いや、荷物もあるし…」
 言いながら、どうも周囲の視線が気になってしまい、立ち上がって病室を仕切るカーテンを閉めた。
 座り直して、ハルキの手を握る。
「とにかく、迎えに来る。」
 ハルキは少し困った様に笑って「わかった」と言った。
 ハルキの顔を見つめると、彼女は不思議そうに首を傾げた。周囲の様子を気にしながら、椅子をベッドに寄せる。それから、彼女の耳元に口を寄せて小声で囁く。
「キスぐらいしてもいいか?」
 ハルキは驚いた顔をしてから目を逸らした。
「キスだけじゃ終わらないだろ」
「ぅ…い、いや、いくら何でも他人がいる病室でそれ以上はしない。」
 弁解したが、ハルキはどうもその言葉を信じていない様だった。
「バイタルとってるから、変に心拍数上がると看護師がとんでくるし…」
 一瞬、無理矢理唇を奪う事も考えたが、看護師がくるのは不味い。
「わかった…」
 握った彼女の手を持ち上げて手の甲にそっとキスをする。
「これで我慢する。」
 顔を上げてハルキの顔を見ると、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんでいた。

 
 翌日は、予定通り仕事終わりに直接病院へ向かった。普段着に着替え終えたハルキに出迎えられ、荷物を持って病院を出る。家に着くまでの道すがら、心配で何度も「大丈夫か?」と聞いてしまい、最初は笑顔で「大丈夫、心配しすぎだ」と笑っていたハルキに、最終的に「しつこい!」と怒られてしまった。
「久しぶりの家は落ち着くなあ」
 家に着くと、ハルキはそう言って洗濯物を洗濯機に放り込み、ソファに腰掛けた。その隣に座り、堪えきれずに彼女を抱きしめた。一週間ぶりの感覚に、新しいサイバネの新しい触感が合わさる。強く抱きしめる。
「痛い!力入れすぎだ!」
 慌てて体を離して、彼女の体を確認する。
「すまん…」
 彼女は「もう…」と言って困ったように笑った。
 少し見つめ合うと、無性にキスがしたくなったが、今の状況で濃厚な口づけをしてしまうと、そのまま押し倒してしまいそうだ。退院したばかりの人間を押し倒すのはどうかと思う。別のことに意識を向けよう。
「その…新しいサイバネだけ見てもいいか?」
「ああ、いいぞ」
 ハルキは自慢げに左腕をこちらに差し出した。
 息を呑むほど美しい。まだ細かい傷もないマットな深いグレイの表面、細い指の関節は滑らかで以前の無骨さはなくなってしまった。洗練された曲線が女性らしさを感じさせる。関節の機構が外から分からなくなってしまったのは、少し寂しくもあった。手の甲と手首にキスをすると、彼女はくすぐったそうに笑った。
 華奢な前腕を撫でる。見た目は華奢になったが、強度は上がっているというから驚きだ。肘を曲げると伸縮する関節部分がよくわかる。何の素材だろうか、伸縮性がありながら硬質だ。今度カワトに聞いてみよう。指の関節部も同じ機構のようだった。
 上腕も以前よりは細くなったように見える。とはいえ、ハルキの右腕と同程度の逞しさはある。そのまま彼女の袖を捲り肩関節を見て「あ」と声が漏れた。
「腕、どうやって外すんだ?」
 肩部分も滑らかに接続されており、以前のように指を差し込める空間がない。
「やり方は前と同じだ。脇と付け根のボタンを同時に押す。」
 ハルキが実際にやってみせると、関節を覆っていたカバーが格納され、以前と同様の空間が現れた。彼女は一度外して見せると、またすぐに戻した。接続するとすぐに関節カバーに覆われる。塞がった肩を眺め、その美しさに思わず口づけしてしまった。
 ハルキは小さく笑うと、自分のシャツを少し捲って「こっちも見るか?」と腹部を見せた。サイバネ接合部がチラリと見える。下腹部から上がってきた欲情を抑えて唾を飲む。今見ると不味い気がする。
「一週間は激しい運動は禁止なんだよな?」
「うん」
 こちらの質問に、ハルキは頷いた。
「セックスは…激しい運動に入るか?」
 続いた質問に、彼女は虚空を見上げる。
「息が上がるような事をするなって意味だから…入る…かな」
 予想通りの回答に目を瞑り、黙って頷く。つまり、抑えきれなくなりそうなら、見るのもやめた方がいい。
「仕事もある。家事を済ませたら寝る。」
 宣言して立ち上がる。これはもう、別の事ををして気を紛らわせるしかない。沸き立つ気持ちを抑えつけ、家事に専念し、宣言通り寝床につくと、思ったよりあっさり眠りにつけた。


「ただいま」
 玄関から仕事を終えたフォルクハルトの声がして、ハルキは目を覚ました。思ったより深く眠ってしまったらしく、彼が帰ってくる前には起きようと思っていたのに寝過ごした。慌てて玄関へ迎えに行く。
 玄関へ続く廊下へのドアを開けると、真っ先に見慣れぬ赤が目に飛び込んできた。花束だ。赤い薔薇。
「退院祝いだ」
 靴を脱いで目の前まで来た彼は、それを照れくさそうに差し出した。
「花?」
 この男から、花などもらった事は無かった。性格的に「花とか何が嬉しいんだ?有用性もないし、食えるわけでもないのに」などと言うタイプだ。
「…その…何がいいか分からなくて…カワトに聞いたら、絶対にこれがいいと…。何が嬉しいのかは分からんが、カワトが言うならそうなんだろうと思って…」
 なるほど、ミドリの入れ知恵か。そういえば、入院中に何度も「何か欲しいものはないか?」と聞いてきていた。
「この家、花瓶ないぞ」
「あ…すまん。そこまで考えてなかった。」
 買った事も貰った事もないだろうから、その後の事など考えもしなかったのだろう。いや、学校の行事などで貰った事はあるかもしれないが、あったとしても家に帰ったら即ゴミ箱に放り込むタイプだ。そんな男が、花束を贈ってくるとは驚きだ。
「…ありがとう。とても嬉しい。」
 笑顔で素直に伝えると、彼は「うん…それと…」と言って、少し目を逸らせた。まだ何かあるのだろうか。手持ちのものは、もう何もないように見える。不思議に思いながら彼の言葉を待つ。
 彼は息を吐いてひとり頷くと、こちらの目をまっすぐに見つめた。
「ハルキは俺の唯一の人で、俺の全てだ。ずっと一緒にいて欲しい。」
「へ?」
 突然の事に目を瞬いて、彼を見つめ返し、何を言われたのかと頭の中で考える。
 プロポーズ、だろうか。内容的には、そのように受け取れた。唯一の人、全て、ずっと一緒にいて欲しい。「好き」とか「愛してる」とは散々言われてきているが、改まったプロポーズを受けたのは初めてだった。しかも、赤い薔薇の花束付き。
 こんな事が起こるとは考えた事も無かった。そもそも、人に興味のない彼を控除や補助金を餌に誘い込んだ結婚だった。まんまと引っかかった彼を繋ぎ止めておくだけの自分勝手な策略だ。彼が自分の方を向いてくれただけでも充分だったのだ。
 とはいえ、一度も夢見た事すら無かったかと言われれば嘘になる。彼に限って、そんな事はあり得ないとハナから諦めていた。それがまさか…
 じわじわと実感が湧いてきて、手が自然と口元に向かい、目から涙が溢れた。
「え?…ど、どうした?!」
 真面目な顔で答えを待っていた彼の表情が、狼狽で崩れた。
「…嬉しすぎて、涙出てきた。」
 言いながら、彼の慌てふためく様子が面白くて笑ってしまう。
「脅かすな!何かマズイことを言ったかと思っただろ!」
 理不尽に怒られて、また笑ってしまった。涙を手で拭っていると、強く抱きしめらた。
「結婚しよう」
 真面目な声で言われたが、また、笑ってしまう。
「もうしてる」
 彼は抱きしめたまま、少しの間沈黙した。
「…なんか、こう…もう一段階ないのか!」
 めちゃくちゃな事を言い出した彼が面白いろいやら、嬉しいやらで笑いが止まらない。
「それもミドリの入れ知恵か?」
「ち、違う!これは…そのうち言おうと思ってたんだ!」
「本当に?」
「前に言っただろ。Duドゥ bistビスト meinマイン Einアイン undウント Allesアレス.」
 耳慣れない言葉にポカンと彼を見上げる。
「貴方は私の唯一の人であり、全て。という意味だ。悪口じゃない。」
 言われてようやく、以前意味を教えてくれなかった言葉だと理解する。
「ああ…あれか。ドイツ語覚えたら教えてくれるって話じゃなかったか?」
「覚えようとする気配も見せないのに待ってられるか。」
 堪え性のない男だ。また、笑ってしまう。
「ずっと一緒にいて欲しい」
「はい!喜んでー!」
 元気いっぱいに答える。嬉しすぎてテンションがおかしいのが自分でもわかる。
「居酒屋の店員かよ…」
 せっかくの雰囲気が台無しだと言わんばかりの彼の呆れた口調に、また笑う。抱きしめられたまま、額に彼の唇がやさしく触れた。
「続きは来週な」
「うん!」
 満面の笑みで頷くと、こちらを見つめ返してきた彼は、愛おしそうに微笑んだ。


 翌週。ハルキのいない仕事を終え、ようやく明日は休みだ。
 キッチンで朝食の支度をしているハルキの傍に近づき、そわそわと後ろから彼女の腰に腕を回す。
「ハルキ、今日は…」
「あ、ごめん。生理来た。なんか手術のせいかズレちゃってさぁ」
 本人も不満なのか、口を尖らせている。暫し呆然とする。
 仕方がない。それは、仕方がない事だ。
「……………はい」
 フォルクハルトは、そっと回した腕を離すと、朝食の支度を手伝うことにした。

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